「グッチさんも幸子さんも専門外を理由に断れたけど、五十鈴さんたちには、どうしてもって押し切られて……」


「結局、引き受けたんですか」


「グループ学習で良ければと返事をしたの。大人数でうちに来るのは遠慮してほしいから、社宅の会議室か多目的室を借りられたらと条件を付けたのよ」


「五十鈴さん、すぐ管理人室に走っていったでしょう」


「うん、速攻だった。それでね、管理人の溝口さんに許可をもらったから、明日からでもいいですよって。あぁ、気が重いわ」


「さすが五十鈴さん、仕事が早いですね」


気が重いと言いながら五月は最中も食べ終えて、しばらく甘いもの禁止だわと笑っている。

和菓子が好きで銘菓は取り寄せるという五月は、甘いものに目がないとは思えないスリムな体形である。

自己管理ができる人は違うと、そんなところに関心しつつ、明日香もカステラを頬張りながら、そう言えば……と気になっていたことを口にした。


「五十鈴さんは五月さんの大学のこと知ってましたけど、どこで聞いたんでしょうね」


「幸子さん経由かもね。ご主人の田中さんは、私たちの結婚式に出席したから、ご主人から聞いたんだと思うけど。

新郎新婦の経歴紹介なんて、個人情報の披露でしょう」


「わたし、幸子さんが五十鈴さんに話したとは思えないんですけど。だって、すごかったんですよ、聞いてください」


ゴミステーション前で田中家の噂話を聞かされて迷惑した、いたたまれなかったと、煎茶を飲みながらうなずく五月に、明日香は今朝のことをぶちまけた。


「高卒とか大卒とか、関係ないと思いませんか?」


「そうね。シンガポールのときの主人の上司は、高卒からキャリアを積んで工場長になった人だったの。いつお会いしても元気で、パワフルな方だったわよ」


大学院卒の部下を使うのは大変だって、うちの主人にこぼすこともあったそうだけどと、五月は以前を懐かしむ目をした。


「その工場長さん、相当な努力をされたんでしょうね。高卒で管理職になるの、難しいって聞きました」


「そうね。いまはほとんどいないみたい。高専卒の人はいるそうだけど、それも少人数だって。大卒の壁は大きいといわれるのはそこね」


「幸子さんは自分ができなかったことを、お嬢さんたちにさせたいだけだと思います。意地になってるところもあるかもしれないけど」


「いつだったかな、夫たちの同期会のあと、田中さんに会ったの。そのとき、妻は五月さんが羨ましいそうですと言われたの。

それなのに、『梅ケ谷社宅』 にきて、幸子さんに張り合うようなことを言われて嫌な気分になったけれど……そういうことだったのね……

幸子さんは、コンプレックスがあるから強気になるんでしょうね。でも、紫苑ちゃんたちを教える気にはなれないけれどね」


「そこは譲れないんですね」


「譲れない」


できないことはできないと言う、五月の頑固な一面である。

安易に流されない五月の姿勢は、明日香が羨ましいと思うところだ。

ピンポーン、とインターホンが鳴った。

美浜だった。