吸って愛して、骨の髄まで


「たまにはサボっても許されるって。体調不良とでも言っとけば、先生も薫子に免じて許してくれると思うけど?」



「えぇっ!?だ、ダメよそんなの…!」



そんなことしたら不良じゃない!



「これだから真面目ちゃんは…。いい?嘘も方便!これ常識だから」



「もうっ、翼!!」



断固反対の私は、また無理やり引っ張られてしまったのである。



…翼の馬鹿力。



翼の腕力を侮らないようにしようと、心に刻みながら大人しく連れていかれた。





「言うのが遅すぎなんだよ薫子のバカ!」



「ば、バカ…!?」



全てを翼に話し終え、聞こえた第一声はそれだった。



「話し合いしな。これ一択」



簡潔な解決案がすぐに出てきて、私は目をパチパチと瞬かせる。



「話し合い…?」



話し合うって言ったって、何をどう話し合えっていうのかしら。



「…だって、薫子は御影が好きなんでしょ?」



「そ、それは…そう、だけど」



う…改めてこう聞かれると少し恥ずかしいわね…。



翼の直球な質問に狼狽えてしまい、顔が熱くなる感覚がした。

「それで、御影も薫子のことを好きって言ってる」



「でもあの玲央奈って子が…」



あんな可愛い子がそばにいて、私を選ぶなんて有り得ないと思ってしまう。



「今は御影の言葉を信じるしかないんじゃない?」



「……」



たしかに、翼の言うことはもっとも。



私があの二人の関係を想像したところで、問題解決にはならない。



直接聞いて確かめることが最優先なのかも。



「…そうね、翼の言う通りよ。理央と話し合ってみるわ」



「ん、それがいいと思う」



翼が相槌を打ったところで、ちょうど一限目が終わるチャイムが鳴った。



でも、翼は言い足りなさそうにこちらをじっと見てくる。



…?どうしたのかしら?



「…あと一個、これだけ言わせて」



「え、まだ何か……って痛っ!?」



突如襲った頭の痛みに、思わず声を上げてしまった。



「ちょっと何す──」



翼からげんこつをされたのだと気づき、抗議しようとしたけれど…出来なかった。



翼が目尻に涙を溜めて、唇をきゅっと結んでいたから。

翼の怒りを、瞬時に察した。



「御影が吸血鬼とか、玲央奈って子が凄い可愛い子だとか、心っ底どうでもいいけどさ!」



初めて聞いたであろう、怒りをあらわにしている感情のこもった声が脳天に響く。



「っ薫子がいなくなるだなんて、私が絶対許さないから!!」



「…っ!」



その怒りは、これ以上ないくらいの”愛“だった。



「薫子がそんなこと思ってたなんて全然気づかなかった。それが、悔しい。毎日一緒にいたのに…っ」



目から零れ落ちた涙が頬を伝って、ぽたぽたと地面に落ちていく。



震える翼を引き寄せて、ぎゅっと強く抱き締めた。



「翼…ごめんなさい。でも、もう大丈夫よ。翼をこれ以上悲しませたくないもの」



「うぅ〜っ、約束だかんね!?破ったら針千本どころじゃなくて、百万本飲ますから!!」



「ひゃくま…えぇ、約束するわ」



嗚咽をあげながら泣く翼の背中をさすり、強く頷く。



結局私たちは、二限目が終わるまで授業をサボって移動してきた屋上にいた。



そして、翼が泣き止んだ頃。



「あれ…もしかして、御影じゃない?」



「っ!」

屋上から見えたのは、玲央奈さんと歩く理央の姿。



授業はもうとっくに始まっているというのに、二人揃って遅刻してきている。



「…頑張れ薫子。ちゃんと話し合うんだよ」



「…頑張るわ」



これから教室に戻って理央に話を聞かないとね。



そして…昨日言えなかった理央への気持ちを伝えたい。



貴方のことが大好きだって。

「ねぇ理央?明日も一緒に登校してくれるよね?」



猫なで声を出して僕の腕に絡みつく彼女は、小鈴玲央奈。



「ちょっと、聞いてる?」



気分の浮き沈みが激しく、相手によって態度を変える。



自分の思い通りにいかないと駄々をこねるような我儘っぷりは、昔から相変わらずだ。



「…もうやめよう、玲央奈」



「…は、何言ってるの理央。私がどうなってもいいわけ?」



今いる場所は玲央奈のマンションの入口前。



玲央奈の声がワントーン下がった。



…その手は通じないよ、玲央奈。



今までだったら、きっと彼女の望むままにしていただろう。



でも…僕には愛してやまない人がいる。



玲央奈を避けるのに、それ以外の理由など必要ない。



「これ以上一緒にいたって苦しいだけ。本当は気づいてるんでしょ?」



「っ…」



玲央奈は顔を酷く歪ませ、伏せるように俯いた。



“あの頃”から俯くことを良しとしなかった従姉妹が、泣きそうな顔で歯を食いしばっている。



そう…小鈴玲央奈は、僕の従姉妹にあたるのだ。


帰り際「明日だけは一緒にいて」とあの表情で言われてしまったため、仕方なく了承した。



正直、長く続いたこの関係に終止符を打つ事が出来てほっとしている。



帰路に着く僕の口から、小さなため息がこぼれたのがその証拠。



薄情かな?でも…これは紛れもない本音。



だって、玲央奈は僕に依存していたから。



玲央奈が僕を、異性として「好き」だと言ってきたことは今までで一度もない。



甘えた声で触れてきたりなんてことはよくあったけど、本当にそれだけ。



僕に告白してくる子たちとは、視線も言葉も何もかもが違うんだ。



そして…そういう風にしてしまった原因は、他の誰でもない僕にある。



日が沈み、夕日が傾くのを見届けながらふと昔のことを思い返した。



『…みんなね、玲央奈のこと嫌いなんだって』



俯き気味で、背中を丸めながら。



『理央兄も…玲央奈のこと、嫌い…っ?』



小学一年生の小さな身体を震わせて、目に涙をいっぱい溜めたまま聞いてきた。



一つ年上である僕の庇護欲が、初めて湧いた瞬間だったと思う。

幼稚園の時、自分が吸血鬼であることを明かしてから周りの態度が変わった。



化け物を見るような目が幼い僕を突き刺さして、いないものとして扱われる日々。



幼稚園生にして人間関係が嫌になった。



それは小学校に入っても特に変わらなくて。



あまり人と関わらないように、自分が傷つかないように…必死に心を守っていた。



それから一年が経って二年生になった頃、玲央奈と出会った。



僕の両親は吸血鬼ではなかったけど、祖父がそうだったたから隔世遺伝というやつだろう。



叔父の子供…従姉妹の玲央奈も同じだった。



友達に自分の正体がバレてしまったことから、虐められるようになったらしい。



僕と玲央奈は吸血鬼であり、境遇もほとんど一緒。



『ううん、僕は玲央奈の事が好き。だって、僕も玲央奈と同じだもん』



僕が自分の境遇を話して、彼女の味方であることを伝えたら…それはもう、すぐに懐いてきて。



『ほんとっ?えへへっ、嬉しい!』



年相応な可愛らしい少女の笑顔が、僕を照らした。



でもそれは、やっぱり保護対象でしかなかった。

この子を守ろう、という僕なりの決意。



僕の家とは一駅分の距離くらいしか離れていなかったため、玲央奈は度々僕に会いに来るようになった。



玲央奈は自分を変えると言い出して、見た目はもちろん、中身も徐々に変わっていったような気がする。



あれは…玲央奈が中学に上がってすぐのことだったかな。



『理央っ、見て見て!玲央奈のとこの制服めっちゃ可愛くない!?ってゆーか、似合いすぎて自分でびっくりしたんだけど!』



今とほとんど変わらない、彼女が追い求めていた「理想の女子」。



背筋はピンと伸びていて、胸を張って歩くその姿は自信に満ち溢れている。



髪もメイクも服装も、何もかもが完璧で。



『…おめでとう玲央奈。よく似合ってるよ』



あぁ、この子はもう僕の手なんて握る必要もなくなったのだと感じた。



でも、寂しさよりも嬉しさが上回ったから、普通に喜ばしいことだと思っていたんだけど。



『でしょー?これで理央が、玲央奈といて恥ずかしい思いすることも無くなるの。超頑張っちゃった』



『…え?』



頭が真っ白になった。

玲央奈が変わったのは、全て自分のためだと思っていた。



もういじめられないように、もっと可愛い自分になるために。



でも…蓋を開けたらどうだろう。



自分のためではなく、あくまで“僕のため”だと言っているように聞こえた。



しかも、僕は玲央奈を元々妹のように可愛がっていたつもりだし、迷惑なんてかけられた覚えはさらさらない。



『中学は別々だったけど、高校は一緒になれるよねっ?勉強も頑張るから、理央に教えて欲しいなぁ』



彼女が離れていくとか、もうそういうレベルの話じゃなくて。



僕から“離れられなくなっていく”の、間違いだった。



それからというもの、行動範囲が増えた玲央奈はほぼ毎日僕の家に来ていた気がする。



宣言通り猛勉強をする玲央奈に教えしたり、ゲームをしたり。



そんなふうに過ごしていたら、いつの間にか僕が高校に上がっていて、玲央奈が同じところに受験を決めた。



こんな生活がいつまで続くのだろうか。



玲央奈の依存を止めないといけないのに、中々できない日々。

吸って愛して、骨の髄まで

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