吸って愛して、骨の髄まで


「ねー、どうせだからそのカップル限定パフェってやつ食べてみない?けっこー美味しそうだし」



理央が指さしたのは、色とりどりのフルーツや可愛いクッキーが乗っている女子が好きそうなパフェ。



戸惑うことなく“カップル”と言える理央には、意識の“い”の字も見当たらない。



「…たしかに美味しそうね。綺麗だし…」



その事に少しムッとしつつ、パフェは普通に美味しそうだったため素直な感想がこぼれた。



「んじゃ、決まりね。店員さーん、注文お願いしまーす」



そうして理央がパフェとカフェラテ、私がブラックコーヒーを頼んだ。



「ブラックコーヒー…」



珍妙な面持ちで呟く理央が不思議で首を傾げる。



「…?理央もコーヒーが良かったの?」



「いや…だって、普通は逆じゃない?」



「逆…って?」



何が逆なのかしら??



なおさら意味がわからない回答をされて、こちらも反応に困ってしまう。



すると、理央は言いにくそうに口を開いた。



「…男がカフェラテ好きなの、なんか…カッコ悪いじゃん」

口をモゴモゴと動かして、目を逸らしながら答える理央。



そんな彼を真っ直ぐ見据えて、私は大真面目にこう返した。



「好きなものを好きなだけじゃない。それの何がカッコ悪いのよ?」



「え…」



理央は面を食らったような顔をするけれど、構わず続ける。



「誰が何を好きであろうと、その人の勝手でしょう?人に文句を言われる筋合いなんてあるはずないわ」



「…そっ、か。…うん、そうだよね」



そう言う理央はふにゃりと笑い、今日何度目かの笑顔を見せた。



…よかった、届いたようね。



自分なりに精一杯伝えたつもりだったけど、納得してくれた様子の理央を見て安心する。



「理央はトマトジュースでも飲むのかと思ってたから、ある意味驚いたわよ?」



「えぇー?なんでトマトジュース?」



今度は理央の方がハテナを浮かべた。



「だってほら…血っぽいし、好きそうだと思ったっていうか…」



「っふ、ふふっ…薫子ってほんと面白い…っ」

肩を揺らしながら、必死に笑いを堪えようと口元に手を当てているけれど、全然隠しきれていない。




「ちょっと、さっきから笑いすぎよ…!」



そんな面白いことを言ったつもりはサラサラないのに、ここまで笑われるなんて…。



笑う要素なんてどこにあるのかしら?



「ごめんごめん…だって、本当に面白かったんだもん」



理央は目尻に滲んだ涙を拭いながらそう言った。



「理央のツボが浅いの間違いじゃなくて?」




「うーん、それもあるかもだけど…」



「…なに?」



「薫子といるとさ、自然と笑顔になっちゃうんだよ」



「っ…」



不意をつかれるとはまさにこの事。



「僕のどうでもいような悩みをあんな真面目に聞いて、考えてくれて。かと思ったら、血っぽいからって理由で僕がトマトジュース飲みそうとか言い出しちゃうし」



「思い出しただけで笑っちゃう」なんて、呟き笑う。



「ずるいくらいカッコイイのに、薫子の可愛いがそれ以上に上回るんだ」



沈みかけている夕日に照らされた理央が、キラキラ眩しい。

「…薫子のぜんぶが好きだよ。薫子が視聴覚室に出入りしてた頃からずっと…薫子のことが、愛おしい」



時が、止まった気がした。



「…っ嘘。嘘よ、そんな…っ!」



自分でも驚くほど大きな声が店内に響き渡る。



っ…違う、こんなことが言いたいんじゃないのに…。



言いたいこととは違う言葉が勝手に出てきてしまう。



信じたいけれど、信じられない。



「嬉しい」、「私も好き」と心は言うけれど、頭がそれを否定する。



心に思考が追いつかなくて、私は既にショート寸前。



「…嘘って、思いたい?」



「…っ」



理央の顔が歪んで、心臓がぎゅっと苦しくなった。



違う、違うの…私は、ただ──



「理央、私──」



「理央っ!!」



え……?



私以外の可愛らしい声が理央を呼んだ。



気持ちを伝えようと振り絞った勇気は、その声によってどこかへ飛んでいく。



そして、すぐに声の主は現れた。

「やっぱり理央だぁ…っ!こんなところで会うなんて、運命感じちゃう…!」



鈴を転がすような声と、くるくる巻かれたミルクティー色の髪。



陶器のような白い肌に乗せられた程よい化粧も、フリフリのスカートも…。



「玲央奈、ここでバイトしててよかったぁ〜」




この世の可愛いが全て詰まっていると言っても過言ではないくらいに可愛い女の子だった。



…誰?この子……。



彼女は理央のことを知っているようだけど、もちろん私は全く知らない赤の他人。



それに、こんなに可愛い子を一度見たら忘れられるわけがないわ。



説明を求めて視線を彼女から理央に戻す。



「玲央奈…?なんで、ここに…」



知り合い…なのね。



ズキリ、胸が痛んだ。



「えへへっ、ナイショだよ♡」



「いや、内緒とかじゃなくてさ」



「もぉ〜うるさいなぁ理央は」



二人の間に流れる空気が、ただの知り合いではないということくらい察しがつく。



幼なじみ…とか?



それとも……。



嫌な想像が膨らみ掛けたその時。

「ってか、この女だれ?彼女じゃないよね?」



「っ…!」



猫なで声とは全くかけ離れた黒い声が降ってきて、背筋が凍りつく感覚に襲われる。



だって、目が訴えているから。



“邪魔”だと。



あからさまな敵意を感じる態度に、どう接すればいいのかわからない。



なんて、返せばいいの…?



何も言えずにいるわたしにしびれを切らしたのか、「玲央奈」と呼ばれた彼女は視線を逸らした。



「…ま、いーや。もうシフト終わるから、理央に送ってもーらおっ」



「…は?いや、それは無理──」



「私、理央がいないとダメなの。ね?理央なら…わかってくれるでしょ?」



「っ…」



理央が彼女の言葉に頷いて、彼女はニコリと嬉しそうに笑う。




苦しそうにしている理央と、軽い足取りでバックヤードに戻っていくあの子。



対照的すぎる二人を前に、私は一言も発することができなかった。



結局その日は、理央のことなど何も聞けずじまいで。



腕を組んで去っていく美男美女と、一口も口にすることが無かったパフェを思いながら帰路に着いた。



不思議と、涙は出なかった。

「……今日も寝不足だなんて、参っちゃうわ」



次の日の朝、目を覚ますとまぶたが重くて気分が下がった。



ただでさえ昨日もよく寝れなかったというのに、こうも立て続けに寝不足だと体調が不安になってくる。



「…なんて、そんなこと言ってられないわよね。早く支度してさっさと学校に行きましょう」



なんとなく重たい身体を叩き起こし、着替えてからリビングへと向かう。



コーヒーとトーストが醸し出すいつもの匂いが漂ってきて、少し気分が晴れた気がした。



「おはようお母さん」



「おはよう薫ちゃん。今日も早いわねぇ」



私とお父さんの分のお弁当を作ってくれているお母さんに声をかけると、瞬間笑いかけてくれる。



私の顔を見て笑顔になってくれるような…そんな理想のお母さん。



「ご飯用意できてるから、顔洗ってらっしゃい」



「うん、ありがとう」



お母さんに言われて洗面所に行くと、お父さんがちょうど出てきたところだった。



「お、薫子おはよう」



「おはようお父さん。使っても大丈夫?」



「あぁ、今終わったところだからな」

お父さんはあまり笑わないけれど、いつも私のことを思ってくれているというのがとても伝わってくる。



絶対に私の目を真っ直ぐに見て話してくれるからかもしれない。



顔を洗い終わってもう一度リビングに戻ったら、お父さんとお母さんが同時に私を見てた。



「…どうしたの、二人とも…私、何か変?」



「…ううん、なんでもないわよ?」



「たまたまだよ。たまたま」



「……」



気づかれている。



私の様子がおかしいことに、二人はもう気づいてるのだ。



お母さんは答えるまで変な間が空いたし、お父さんは同じことを二回繰り返す時はたいてい嘘をついているもの。



私にバレないはずがない。



なのに、何も聞いてこないのはきっと…。



「薫ちゃん、そのジャムどうかしら?お父さんが出張のお土産で買ってきたのよ。美味しい?」



「うん、すごく美味しい。お父さんありがとう」



「薫子が好きそうだと思ったんだ。口にあって何よりだよ」



“当たり前の日常”を、私が何より大好きだと知ってくれているからだ。

人生を捨てようとしていたあの朝は、今日みたいに暗く沈んだ気持ちではなかった。



たしかに、私がこの場所にいることを私自身が許せなかったけれど…二人は、許してくれたから。



辛くなかったし、苦しくもなかったのだろう。



でも…今は、あの頃とは違う苦しみが私を襲っている。



きっと、二人は私が何か言ってくるまで聞いてこない。



それは、私に無関心だからとかそういうものではなくて。



…“信じてくれている”からなのよね。



無償の愛を与えてくれて、私に家族の温かさを教えてくれた大好きな人たち。



そんな二人に、私も同じものを返したいと心から思う。



「ごちそうさまでした。私はそろそろ行くね」



席を立ち、食べ終わった食器を片付けてから二人に聞こえる声でそう言った。



そして、私なりの精一杯の笑顔を浮かべる。



「…お父さん、お母さん。いつもありがとう。行ってきます!」



カバンを手に取り、言い逃げるように玄関の扉を開けた。



もしかしたら何か聞かれてしまうかもしれないと思ったからそうしたけど…。