吸って愛して、骨の髄まで


──キーンコーンカーンコーン



「そんじゃ、今日の授業はここまでだ。来週小テストするから覚えとけよー」



「「はーい」」



無事に六限目の授業を終え、クラスメイトたちの素直な返事が聞こえた後、皆はバラバラと帰りの支度をし始めた。



本来であれば、これから私は普通に真っ直ぐ帰るところ。



でも、今日はいつもと違う。



「それじゃあ美崎さん、そろそろ行こうか」



無駄にキラキラしている理央がいるからだ。



「…それ、続ける必要ある?」



「うん?なんのことかな?」



「……」



今朝、私は理央にときめいてしまった。



これは紛れもない事実であり、なんなら今も変わらない。



猫を被ってるキラキラした理央も、あの時の理央と同じくらいカッコイイだなんて思ってしまっている。



〜っもうやだ!何よこのトキメキは!?



なんでこの嘘っぽい笑顔にすらドキドキしちゃってるわけ…!?



それがとてつもなく悔しい。



それはもちろん、真剣な表情の理央の方が何百倍も素敵だと思う。

でも、必死に自分をよく見せようとしている理央を可愛と思う自分がいて。



「…ふっ。薫子、僕のこと見すぎ。そんなに見つめられたら照れちゃう」



理央にそんなことを言われてしまうほど、目が自然と理央を追ってしまう。



「っ…な!」



見ていたことがバレたと思うと途端に恥ずかしくなって、思わず大袈裟に反応してしまった。



「あははっ、薫子ってば本当可愛い。すぐ顔真っ赤にしちゃって…そういう顔、外であんまりしちゃダメだよ?ただでさえ薫子は綺麗で可愛いくて大変なんだから」



「〜っわ、わかったから…!教室でコソコソと、いい加減やめてくれる…!?」



まだ教室に残っている生徒たちからの視線が突き刺さり、とてもいたたまれない。



特に女子は「なんで美崎さんと仲良さそうなの?」的な意味合いが含まれている違いないのだから。



「い、行くんでしょ?カフェ…。早くしないと帰るのが遅くなるわ」



私もボソッと零すと、理央はにっこり微笑んだ。

「うん、行こっか」



「っ、えぇ」



歩き出した理央の隣に並ぶ私の顔は、ほんのり熱を帯びていた。





「二名様ですね。お好きな席へどうぞ」



学校を出てから約二十分後。



私たちは理央が言っていた駅前に新しく出来たというカフェにやって来た…のは、よかったものの。



「ただいまカップル限定パフェもございます。よろしければご注文ください」



「か、カップル……!?いえ、私たちはそんなんじゃ…!」



「ぷッ、あははっ…!!薫子動揺しすぎ…!」



慌てる私、大笑いする理央、生暖かい目で見てくる女性店員。



…なんてザマかしら。



他のお客さんの視線も相まって、高まる羞恥心を隠しきれない。



少し前の私だったら、もっと冷静に対応出来たはずなのに…。



「っはぁー…久しぶりにこんな笑った。それにしても薫子、反応可愛すぎだって。店員さんが男だったら目潰ししてたよ?」



「冗談言わないでくれる?私は本気で反省して…」



「ん?冗談ってなんのこと?」



「……」

目が本気なのだけど…気のせい、よね?



にっこり口角だけを上げる理央から漂う黒いオーラに見て見ぬふりをして、近くにあったメニュー表を開いた。



私があんなに大袈裟な態度をとってしまったのは、他でもない理央に原因があると言っても過言ではない。



だって…ここに来るまで、恋人繋ぎされてたんだから…!



校門を出て少し歩いた時に自然と繋がれ、周りの目もあるからと断ったにもかかわらず「だめ…?」と目を潤ませながら捨てられた子犬の如くおねだりされて…。



断れるわけが無いじゃない!



あれは流石に卑怯よ…!!



トドメを刺したのはさっきの店員さんによる「カップル限定パフェ」。



手を繋いだまま店に入っていくところを、ガッツリ見られていたのだろう。



年頃の男女が恋人繋ぎをしていたら…思うことはただ一つしかないに決まってる。



私たちの関係に名前を付けるとしたら、それは私が勝手に付けるべきことではない。



でも…勝手に付けられるのはもっと嫌。



…名付け親は、他の誰でもない理央がいい。



じゃないと、私が納得できないもの。

「ねー、どうせだからそのカップル限定パフェってやつ食べてみない?けっこー美味しそうだし」



理央が指さしたのは、色とりどりのフルーツや可愛いクッキーが乗っている女子が好きそうなパフェ。



戸惑うことなく“カップル”と言える理央には、意識の“い”の字も見当たらない。



「…たしかに美味しそうね。綺麗だし…」



その事に少しムッとしつつ、パフェは普通に美味しそうだったため素直な感想がこぼれた。



「んじゃ、決まりね。店員さーん、注文お願いしまーす」



そうして理央がパフェとカフェラテ、私がブラックコーヒーを頼んだ。



「ブラックコーヒー…」



珍妙な面持ちで呟く理央が不思議で首を傾げる。



「…?理央もコーヒーが良かったの?」



「いや…だって、普通は逆じゃない?」



「逆…って?」



何が逆なのかしら??



なおさら意味がわからない回答をされて、こちらも反応に困ってしまう。



すると、理央は言いにくそうに口を開いた。



「…男がカフェラテ好きなの、なんか…カッコ悪いじゃん」

口をモゴモゴと動かして、目を逸らしながら答える理央。



そんな彼を真っ直ぐ見据えて、私は大真面目にこう返した。



「好きなものを好きなだけじゃない。それの何がカッコ悪いのよ?」



「え…」



理央は面を食らったような顔をするけれど、構わず続ける。



「誰が何を好きであろうと、その人の勝手でしょう?人に文句を言われる筋合いなんてあるはずないわ」



「…そっ、か。…うん、そうだよね」



そう言う理央はふにゃりと笑い、今日何度目かの笑顔を見せた。



…よかった、届いたようね。



自分なりに精一杯伝えたつもりだったけど、納得してくれた様子の理央を見て安心する。



「理央はトマトジュースでも飲むのかと思ってたから、ある意味驚いたわよ?」



「えぇー?なんでトマトジュース?」



今度は理央の方がハテナを浮かべた。



「だってほら…血っぽいし、好きそうだと思ったっていうか…」



「っふ、ふふっ…薫子ってほんと面白い…っ」

肩を揺らしながら、必死に笑いを堪えようと口元に手を当てているけれど、全然隠しきれていない。




「ちょっと、さっきから笑いすぎよ…!」



そんな面白いことを言ったつもりはサラサラないのに、ここまで笑われるなんて…。



笑う要素なんてどこにあるのかしら?



「ごめんごめん…だって、本当に面白かったんだもん」



理央は目尻に滲んだ涙を拭いながらそう言った。



「理央のツボが浅いの間違いじゃなくて?」




「うーん、それもあるかもだけど…」



「…なに?」



「薫子といるとさ、自然と笑顔になっちゃうんだよ」



「っ…」



不意をつかれるとはまさにこの事。



「僕のどうでもいような悩みをあんな真面目に聞いて、考えてくれて。かと思ったら、血っぽいからって理由で僕がトマトジュース飲みそうとか言い出しちゃうし」



「思い出しただけで笑っちゃう」なんて、呟き笑う。



「ずるいくらいカッコイイのに、薫子の可愛いがそれ以上に上回るんだ」



沈みかけている夕日に照らされた理央が、キラキラ眩しい。

「…薫子のぜんぶが好きだよ。薫子が視聴覚室に出入りしてた頃からずっと…薫子のことが、愛おしい」



時が、止まった気がした。



「…っ嘘。嘘よ、そんな…っ!」



自分でも驚くほど大きな声が店内に響き渡る。



っ…違う、こんなことが言いたいんじゃないのに…。



言いたいこととは違う言葉が勝手に出てきてしまう。



信じたいけれど、信じられない。



「嬉しい」、「私も好き」と心は言うけれど、頭がそれを否定する。



心に思考が追いつかなくて、私は既にショート寸前。



「…嘘って、思いたい?」



「…っ」



理央の顔が歪んで、心臓がぎゅっと苦しくなった。



違う、違うの…私は、ただ──



「理央、私──」



「理央っ!!」



え……?



私以外の可愛らしい声が理央を呼んだ。



気持ちを伝えようと振り絞った勇気は、その声によってどこかへ飛んでいく。



そして、すぐに声の主は現れた。

「やっぱり理央だぁ…っ!こんなところで会うなんて、運命感じちゃう…!」



鈴を転がすような声と、くるくる巻かれたミルクティー色の髪。



陶器のような白い肌に乗せられた程よい化粧も、フリフリのスカートも…。



「玲央奈、ここでバイトしててよかったぁ〜」




この世の可愛いが全て詰まっていると言っても過言ではないくらいに可愛い女の子だった。



…誰?この子……。



彼女は理央のことを知っているようだけど、もちろん私は全く知らない赤の他人。



それに、こんなに可愛い子を一度見たら忘れられるわけがないわ。



説明を求めて視線を彼女から理央に戻す。



「玲央奈…?なんで、ここに…」



知り合い…なのね。



ズキリ、胸が痛んだ。



「えへへっ、ナイショだよ♡」



「いや、内緒とかじゃなくてさ」



「もぉ〜うるさいなぁ理央は」



二人の間に流れる空気が、ただの知り合いではないということくらい察しがつく。



幼なじみ…とか?



それとも……。



嫌な想像が膨らみ掛けたその時。