吸って愛して、骨の髄まで


「それともやっぱり、学校近くにある喫茶店がいい?チーズケーキが美味しいって有名なんだって。薫子はどこがいいと思う?」



そんな私に気づきもせず、カフェや喫茶店に誘ってくる始末。



私のことは散々話せと言ってきたくせに、自分のことは一向に話そうとしないし。



『好きとかそういうのを全部飛び越えて…愛してるんだ、薫子のこと』



昨日のことだって…無かったことにしようとしてるんじゃないの?



そう思うと、何故だか胸が締め付けられて、無性にイライラして…。



「…貴方は、何も話してくれないのね」



どうしようもなく、哀しくなったの。



「…薫子?」



「っ…」



自分で言って後悔した。



何を言っているのだろう、と。



そう頭ではわかっているのに、ひとつ零れてしまったらどんどん溢れてきてしまう。



「だって、理央のこと…私は何も知らないじゃないっ…。そんなの不公平よ…っ」



誰かに聞かれたら不味いということだけは頭にあり、幸か不幸か、理央にしか聞き取れないくらいの小さな声が僅かに漏れた。

「…それってもしかしなくても…僕のこと、知りたいって思ってくれてるの?」



まさに青天の霹靂、と言わんばかりの顔で聞き返してきた理央。



「っはぁ…?貴方、それ本気で言って…」



「本気で言ってるの?」と言いかけて、口を噤んだ。



「…へへっ、嬉しいなぁ」



私を翻弄してからかう理央でも、猫を被って優等生を演じる理央でもない。



自分に興味を持って貰えて喜ぶような“年相応の男子高校生”が、私の目に映る。



「っ…!」



目尻を下げてはにかむ理央を、とても愛おしく感じてしまって。



…この気持ちは、なんなの?



胸の奥のがきゅんと疼いて、理央を見つめるだけでもドキドキうるさい。



だけど、どこか心地いいと思えるほどに落ち着いている自分もいる。



誰かのことを愛おしいと思ったことは、生まれてこの方一度もない。



まさか、これが…?



私の知らない感情が、芽生える音がした。



自分の中に芽生え始めた気持ちを自覚しそうになったとき、穏やかな理央と目が合った。



胸がぎゅっと締め付けられて、心拍数が上がる感覚。

なんとか平然を装い、話し出す雰囲気の理央をじっと見つめた。



「薫子が知りたいのなら、なんでも話してあげる。でも…一つだけ、お願いがあるんだ」



理央の瞳がゆらりと揺れて、僅かに曇る。



でも、その瞳に宿る光が私を照らしてくれてることは確かで。



「…お願い?」



「何を知っても、僕から離れていかないで」



どんなことを言われたとしても守りたいと、心から思った。



昨日はこの世から消え去ろうとしていた私が、誰かを恋しく想っているのだとしたら…。



「だから放課後は、ちゃーんと空けといてね?一緒に放課後デートしよ」



きっと、どう足掻いたって貴方の傍を一生離れられなくなる気がする。



…そんな予感がするって言ったら、笑われてしまうかしら。

──キーンコーンカーンコーン



「そんじゃ、今日の授業はここまでだ。来週小テストするから覚えとけよー」



「「はーい」」



無事に六限目の授業を終え、クラスメイトたちの素直な返事が聞こえた後、皆はバラバラと帰りの支度をし始めた。



本来であれば、これから私は普通に真っ直ぐ帰るところ。



でも、今日はいつもと違う。



「それじゃあ美崎さん、そろそろ行こうか」



無駄にキラキラしている理央がいるからだ。



「…それ、続ける必要ある?」



「うん?なんのことかな?」



「……」



今朝、私は理央にときめいてしまった。



これは紛れもない事実であり、なんなら今も変わらない。



猫を被ってるキラキラした理央も、あの時の理央と同じくらいカッコイイだなんて思ってしまっている。



〜っもうやだ!何よこのトキメキは!?



なんでこの嘘っぽい笑顔にすらドキドキしちゃってるわけ…!?



それがとてつもなく悔しい。



それはもちろん、真剣な表情の理央の方が何百倍も素敵だと思う。

でも、必死に自分をよく見せようとしている理央を可愛と思う自分がいて。



「…ふっ。薫子、僕のこと見すぎ。そんなに見つめられたら照れちゃう」



理央にそんなことを言われてしまうほど、目が自然と理央を追ってしまう。



「っ…な!」



見ていたことがバレたと思うと途端に恥ずかしくなって、思わず大袈裟に反応してしまった。



「あははっ、薫子ってば本当可愛い。すぐ顔真っ赤にしちゃって…そういう顔、外であんまりしちゃダメだよ?ただでさえ薫子は綺麗で可愛いくて大変なんだから」



「〜っわ、わかったから…!教室でコソコソと、いい加減やめてくれる…!?」



まだ教室に残っている生徒たちからの視線が突き刺さり、とてもいたたまれない。



特に女子は「なんで美崎さんと仲良さそうなの?」的な意味合いが含まれている違いないのだから。



「い、行くんでしょ?カフェ…。早くしないと帰るのが遅くなるわ」



私もボソッと零すと、理央はにっこり微笑んだ。

「うん、行こっか」



「っ、えぇ」



歩き出した理央の隣に並ぶ私の顔は、ほんのり熱を帯びていた。





「二名様ですね。お好きな席へどうぞ」



学校を出てから約二十分後。



私たちは理央が言っていた駅前に新しく出来たというカフェにやって来た…のは、よかったものの。



「ただいまカップル限定パフェもございます。よろしければご注文ください」



「か、カップル……!?いえ、私たちはそんなんじゃ…!」



「ぷッ、あははっ…!!薫子動揺しすぎ…!」



慌てる私、大笑いする理央、生暖かい目で見てくる女性店員。



…なんてザマかしら。



他のお客さんの視線も相まって、高まる羞恥心を隠しきれない。



少し前の私だったら、もっと冷静に対応出来たはずなのに…。



「っはぁー…久しぶりにこんな笑った。それにしても薫子、反応可愛すぎだって。店員さんが男だったら目潰ししてたよ?」



「冗談言わないでくれる?私は本気で反省して…」



「ん?冗談ってなんのこと?」



「……」

目が本気なのだけど…気のせい、よね?



にっこり口角だけを上げる理央から漂う黒いオーラに見て見ぬふりをして、近くにあったメニュー表を開いた。



私があんなに大袈裟な態度をとってしまったのは、他でもない理央に原因があると言っても過言ではない。



だって…ここに来るまで、恋人繋ぎされてたんだから…!



校門を出て少し歩いた時に自然と繋がれ、周りの目もあるからと断ったにもかかわらず「だめ…?」と目を潤ませながら捨てられた子犬の如くおねだりされて…。



断れるわけが無いじゃない!



あれは流石に卑怯よ…!!



トドメを刺したのはさっきの店員さんによる「カップル限定パフェ」。



手を繋いだまま店に入っていくところを、ガッツリ見られていたのだろう。



年頃の男女が恋人繋ぎをしていたら…思うことはただ一つしかないに決まってる。



私たちの関係に名前を付けるとしたら、それは私が勝手に付けるべきことではない。



でも…勝手に付けられるのはもっと嫌。



…名付け親は、他の誰でもない理央がいい。



じゃないと、私が納得できないもの。

「ねー、どうせだからそのカップル限定パフェってやつ食べてみない?けっこー美味しそうだし」



理央が指さしたのは、色とりどりのフルーツや可愛いクッキーが乗っている女子が好きそうなパフェ。



戸惑うことなく“カップル”と言える理央には、意識の“い”の字も見当たらない。



「…たしかに美味しそうね。綺麗だし…」



その事に少しムッとしつつ、パフェは普通に美味しそうだったため素直な感想がこぼれた。



「んじゃ、決まりね。店員さーん、注文お願いしまーす」



そうして理央がパフェとカフェラテ、私がブラックコーヒーを頼んだ。



「ブラックコーヒー…」



珍妙な面持ちで呟く理央が不思議で首を傾げる。



「…?理央もコーヒーが良かったの?」



「いや…だって、普通は逆じゃない?」



「逆…って?」



何が逆なのかしら??



なおさら意味がわからない回答をされて、こちらも反応に困ってしまう。



すると、理央は言いにくそうに口を開いた。



「…男がカフェラテ好きなの、なんか…カッコ悪いじゃん」

口をモゴモゴと動かして、目を逸らしながら答える理央。



そんな彼を真っ直ぐ見据えて、私は大真面目にこう返した。



「好きなものを好きなだけじゃない。それの何がカッコ悪いのよ?」



「え…」



理央は面を食らったような顔をするけれど、構わず続ける。



「誰が何を好きであろうと、その人の勝手でしょう?人に文句を言われる筋合いなんてあるはずないわ」



「…そっ、か。…うん、そうだよね」



そう言う理央はふにゃりと笑い、今日何度目かの笑顔を見せた。



…よかった、届いたようね。



自分なりに精一杯伝えたつもりだったけど、納得してくれた様子の理央を見て安心する。



「理央はトマトジュースでも飲むのかと思ってたから、ある意味驚いたわよ?」



「えぇー?なんでトマトジュース?」



今度は理央の方がハテナを浮かべた。



「だってほら…血っぽいし、好きそうだと思ったっていうか…」



「っふ、ふふっ…薫子ってほんと面白い…っ」