吸って愛して、骨の髄まで


「あ、そういえば皆にはまだ話せてなかったわね!彼は御影理央くん。私たちのクラスメイトよ!」




「…え?ウソ!?」



「このイケメンが!?!?」




「なんかよくわかんないけどやったー!」




先生の言葉に皆は一瞬ぽかんとしてから、次々と歓喜の声を上げ始めた。



本当に、理央が私たちのクラスメイト…なのね。



未だに信じることができない中、理央は微笑を浮かべて口を開いた。



「みなさんはじめまして。少し体が弱くて自宅療養中だったんですけど、今日から登校が可能になったのでようやく来ることが出来ました。これからよろしくお願いします」



絵に書いたような優等生を演じる理央を見た女子たちの黄色い悲鳴が、より一層湧き上がる。



でも、私は正直違和感しかない。



だって理央…ものすごい猫被ってない?



たしかに、理央を初めて見た時はとても驚いた。



絵本から飛び出してきた王子様を彷彿とさせる甘いフェイスに、スラリと伸びた長い手足と白い肌。



はたから見たら、どこかのアイドルかモデルに間違われてしまいそう。

理央の方をチラリと見ると、まだ爽やかイケメン風のオーラを纏っていた。



…なんだか気味が悪いわね。



全くの別人のように話す理央を見て、若干鳥肌が立つ。



「じゃあみんな、これでSHRは終わりね?いつもならこれから私の授業だけど、この後出張だから自習になるの。御影くんは…そうね、何か困ったことがあったら委員長の美崎さんに聞くといいわ。席も美崎さんの隣にしておくわね?」



え?ちょっと、先生なに言って…。



さも当たり前といった感じで先生は私の方を見てきて、ギョッとする。



「はい、わかりました」



理央は理央で、今までで一番と言えるほど満足気にニッコリしている。



…私としては、ほくそ笑んでいるようにしか見えないのだけれど。



そうしてSHRの終わりを告げるチャイムが鳴り、先生は足早に教室を出ていった。



それからまた約五分後、一限目が始まる合図のチャイムが鳴ってすぐ。




「ねぇねぇ薫子、今日の放課後って暇だったりしない?」

「……」



「ほら、あの駅前に新しく出来たっていうカフェあるでしょ?行ってみたいんだよね〜」



先生が言っていた通り自習となったため、黙々と自習をする生徒や机に突っ伏して寝始める生徒がいる中、理央はベラベラ喋りまくっていた。



さっきの猫はどこに行ったのよ!?



普通に勉強をしたい私にとって、今この状況は地獄。



理央がひっきりなしに話しかけるせいで、捗るものも捗らないのだから。



しかも、周りの席の生徒たちが寝ているから油断しているのか、爽やかイケメンオーラも消え去っている。



…何よ、一人で好き勝手話しちゃって。



周りの目も気にせず喋る理央を横目に、私は不満を募らせていた。



その原因は他でもない理央にある。



どうして?だなんて、聞く方が野暮だわ。



さっき先生が言っていた自宅療養中だとか、理央本人の貧血気味という発言。



今は被っていない猫をクラスメイトの前で被る理由も、何もかもわからないことだらけで話したいことは山ほどあるというのに…。

「それともやっぱり、学校近くにある喫茶店がいい?チーズケーキが美味しいって有名なんだって。薫子はどこがいいと思う?」



そんな私に気づきもせず、カフェや喫茶店に誘ってくる始末。



私のことは散々話せと言ってきたくせに、自分のことは一向に話そうとしないし。



『好きとかそういうのを全部飛び越えて…愛してるんだ、薫子のこと』



昨日のことだって…無かったことにしようとしてるんじゃないの?



そう思うと、何故だか胸が締め付けられて、無性にイライラして…。



「…貴方は、何も話してくれないのね」



どうしようもなく、哀しくなったの。



「…薫子?」



「っ…」



自分で言って後悔した。



何を言っているのだろう、と。



そう頭ではわかっているのに、ひとつ零れてしまったらどんどん溢れてきてしまう。



「だって、理央のこと…私は何も知らないじゃないっ…。そんなの不公平よ…っ」



誰かに聞かれたら不味いということだけは頭にあり、幸か不幸か、理央にしか聞き取れないくらいの小さな声が僅かに漏れた。

「…それってもしかしなくても…僕のこと、知りたいって思ってくれてるの?」



まさに青天の霹靂、と言わんばかりの顔で聞き返してきた理央。



「っはぁ…?貴方、それ本気で言って…」



「本気で言ってるの?」と言いかけて、口を噤んだ。



「…へへっ、嬉しいなぁ」



私を翻弄してからかう理央でも、猫を被って優等生を演じる理央でもない。



自分に興味を持って貰えて喜ぶような“年相応の男子高校生”が、私の目に映る。



「っ…!」



目尻を下げてはにかむ理央を、とても愛おしく感じてしまって。



…この気持ちは、なんなの?



胸の奥のがきゅんと疼いて、理央を見つめるだけでもドキドキうるさい。



だけど、どこか心地いいと思えるほどに落ち着いている自分もいる。



誰かのことを愛おしいと思ったことは、生まれてこの方一度もない。



まさか、これが…?



私の知らない感情が、芽生える音がした。



自分の中に芽生え始めた気持ちを自覚しそうになったとき、穏やかな理央と目が合った。



胸がぎゅっと締め付けられて、心拍数が上がる感覚。

なんとか平然を装い、話し出す雰囲気の理央をじっと見つめた。



「薫子が知りたいのなら、なんでも話してあげる。でも…一つだけ、お願いがあるんだ」



理央の瞳がゆらりと揺れて、僅かに曇る。



でも、その瞳に宿る光が私を照らしてくれてることは確かで。



「…お願い?」



「何を知っても、僕から離れていかないで」



どんなことを言われたとしても守りたいと、心から思った。



昨日はこの世から消え去ろうとしていた私が、誰かを恋しく想っているのだとしたら…。



「だから放課後は、ちゃーんと空けといてね?一緒に放課後デートしよ」



きっと、どう足掻いたって貴方の傍を一生離れられなくなる気がする。



…そんな予感がするって言ったら、笑われてしまうかしら。

──キーンコーンカーンコーン



「そんじゃ、今日の授業はここまでだ。来週小テストするから覚えとけよー」



「「はーい」」



無事に六限目の授業を終え、クラスメイトたちの素直な返事が聞こえた後、皆はバラバラと帰りの支度をし始めた。



本来であれば、これから私は普通に真っ直ぐ帰るところ。



でも、今日はいつもと違う。



「それじゃあ美崎さん、そろそろ行こうか」



無駄にキラキラしている理央がいるからだ。



「…それ、続ける必要ある?」



「うん?なんのことかな?」



「……」



今朝、私は理央にときめいてしまった。



これは紛れもない事実であり、なんなら今も変わらない。



猫を被ってるキラキラした理央も、あの時の理央と同じくらいカッコイイだなんて思ってしまっている。



〜っもうやだ!何よこのトキメキは!?



なんでこの嘘っぽい笑顔にすらドキドキしちゃってるわけ…!?



それがとてつもなく悔しい。



それはもちろん、真剣な表情の理央の方が何百倍も素敵だと思う。

でも、必死に自分をよく見せようとしている理央を可愛と思う自分がいて。



「…ふっ。薫子、僕のこと見すぎ。そんなに見つめられたら照れちゃう」



理央にそんなことを言われてしまうほど、目が自然と理央を追ってしまう。



「っ…な!」



見ていたことがバレたと思うと途端に恥ずかしくなって、思わず大袈裟に反応してしまった。



「あははっ、薫子ってば本当可愛い。すぐ顔真っ赤にしちゃって…そういう顔、外であんまりしちゃダメだよ?ただでさえ薫子は綺麗で可愛いくて大変なんだから」



「〜っわ、わかったから…!教室でコソコソと、いい加減やめてくれる…!?」



まだ教室に残っている生徒たちからの視線が突き刺さり、とてもいたたまれない。



特に女子は「なんで美崎さんと仲良さそうなの?」的な意味合いが含まれている違いないのだから。



「い、行くんでしょ?カフェ…。早くしないと帰るのが遅くなるわ」



私もボソッと零すと、理央はにっこり微笑んだ。

「うん、行こっか」



「っ、えぇ」



歩き出した理央の隣に並ぶ私の顔は、ほんのり熱を帯びていた。





「二名様ですね。お好きな席へどうぞ」



学校を出てから約二十分後。



私たちは理央が言っていた駅前に新しく出来たというカフェにやって来た…のは、よかったものの。



「ただいまカップル限定パフェもございます。よろしければご注文ください」



「か、カップル……!?いえ、私たちはそんなんじゃ…!」



「ぷッ、あははっ…!!薫子動揺しすぎ…!」



慌てる私、大笑いする理央、生暖かい目で見てくる女性店員。



…なんてザマかしら。



他のお客さんの視線も相まって、高まる羞恥心を隠しきれない。



少し前の私だったら、もっと冷静に対応出来たはずなのに…。



「っはぁー…久しぶりにこんな笑った。それにしても薫子、反応可愛すぎだって。店員さんが男だったら目潰ししてたよ?」



「冗談言わないでくれる?私は本気で反省して…」



「ん?冗談ってなんのこと?」



「……」