恋人どころか、好きになった人ですらいない雫。
中学3年まで、運動一色のような生活だったから。
高校進学（エスカレーター式）の際に、将来のためにスポーツより勉強に専念したいと両親を説得し、スポーツ特進科ではなく、総合特進コースを選択した。
プロのアスリートで食べていける人は、ほんの一握り。
それよりも確実に将来性のある学業に専念した方がいいと思ったからだ。
共働きのごくごく普通のサラリーマン家庭で育った雫。
とりわけ運動神経がずば抜けている親を持ったわけでもない。
他の子より少しだけ大きく生まれ、周りの子より少しだけ健康に育っただけ。
奇跡的に生まれ持った運動神経の良さが目立ったから、習い事を沢山させて貰えただけ。
『うちの子は天才かも』が、両親の口癖だったから。
親の期待を裏切るようなことをしたくなかったというのもある。
一人っ子というのもあって……。
雫はサラダを食べ終え、スープを口にする。
「何だろ？……入口の方、ちょっと人が集まってるよ」
大きな柱が邪魔して、入口の様子が見れない雫と咲良。
「どうせ、Ｃ組（理系コース）の緒方 奏斗じゃない？アイツが来ると、女子がキャーキャー騒ぐじゃん」
雫たちと同じ学年で、父親が医者で母親が大学教授だという緒方。
見た目もそこそこイケメンで、いつも雫とトップ争いをするほどの学力の持ち主。
医学部に進学予定らしく、南校舎では結構有名な人物だ。
咲良のことが好きなのか、度々咲良のことを弄って来る。
それが気に食わない咲良は、緒方が大嫌いなのだ。
「イケメンマッチョくんは、どんな髪形だったの？…短髪？」
