1
アメリカのスラング英語で無口な人を牡蠣みたいと言う。
 
その日は激しく雨のよく降る日だった。
 
 私はどこにでもいる少し内気で自分に自信がない女の子。
最近のマイブームはマインクラフトと読書。
 
 特になにも普通の人と変わらない。
 
「今日雨だね」
「だけど今日楽しみだねー」
「緊張するねー」
 
 その日はみんな待ちに待った学芸会。
 各々がそれぞれ準備をしてきている。
 
 主役の人やメインキャストの人たちは緊張した顔で朝登校してきた。彼らはこの日のために血の滲むような努力をしてきた。
 
「今日は絶対みんなで成功させて最高の学芸会にしようね!」
「そうだね!頑張ろう!」
 そんな私の役はというと村人Bだ。
 なぜ村人Bになったかというと

「それでは役割を決めたいと思います!」
「主役やりたい人!」
「はーい」
「はい」
「はーい!」
「それでは話し合って決めてください!それでも決まらなかったらじゃんけんで決めてください!」
 
 主役は当然人気がある、クラスの中心人物の人達がやりたがる
「音響やりたい人?5人!」
「はーい!」
「照明やりたい人?6人!」
「はーい」
「道具係やりたい人?!」
 大道具、照明、音響はカースト中央の人達がやるものだ。
「村人Bやりたい人?1人!」
 空気は鎮まり返った。
 誰も手をあげない。
 
 そこで私はおそるおそる手をあげる。
「安西さんお願いします!」
 
 そしえ私は誰もやりたがらない村人Bの役をやることにした。
 村人Bの役の人気のない理由は悪者役に虐められるからだ。
 
 しかし私は誰かと話し合ったりじゃんけんしたりする事が好きではないのでこの役を選んだ。

「この土地は我らが管理する!お前たちはどっかいけ!」
「そんな!あんまりじゃありませんかー!」
「ええい知るかー」
 このやりとりは数えきれないくらい行われた
 この役が人気のない理由がよく分かる
 
 激の練習中に何度も悪者役に虐められる役を演じるのは気分が本当によろしくない。
 
 悪役をやっている役の人はクラスでもいじめっ子に部類される人種。
 
 悪者役が本当に似合っている。
 悪者役をやっている人達は悪い笑みを浮かべながら、気分を良さそうに演じている。

「優ちゃん大丈夫?この役辛くない?」
 私の親友、渡辺美雪ちゃんは心配そうな顔で私に聞いてきた。
 
 この女の子は本当に優しい心の持ち主で困ってる人に手を差し伸べてくれる天使のような人だ。
 
「全然大丈夫だよ、あくまで「役」だからねー。現実世界の話じゃないし」
 そう答えると
 美雪ちゃんはほっとした表情で
「辛くなったらいつでも言ってね!先生に相談するから」
 そう言ってくれた。
 
 セリフが少なくても自分の出番はすごく緊張する。
 毎回手汗が洪水のように出る。
 
 休憩時間は最近やってるマインクラフトの話や本の話をしてたら終わってしまい、次のシーンの練習が始まった。
 
 村人Bの役はセリフがあまり多くない。
 基本的に自分の出番が終わったら後はみんなの劇を見ているだけだ。

 学芸会前日まで念入りに練習をする。
 私は自分の少ないセリフを完璧に覚えることが出来ている。
 後は当日だけ頑張ればいい。当日だけ……

 そして学芸会当日。
いよいよ私の出番が近づいてきた。
 
 その日はいつも以上に緊張をして不安感がとても強かった。
 急にお腹が痛くなりトイレに駆け込んだ。
 トイレから出ると美雪ちゃんが心配そうな顔で
「お腹痛いの?緊張してるよね」
 と声をかけてくれた。
 
 私は心の中の不安を押し込みながら
「少しだけ緊張してるよー」
 そう答えた。
 内心は緊張で頭がおかしくなりそうだった。
 
 しかしここまで来たからには、当日頑張るしかない。
 私は手洗い場で自分の顔を洗い、気持ちを入れ直し、鏡で自分の顔をみた。
 
 ああ緊張と不安でどうにかなってしまいそう。

 そして私の出番が来た。
 いつも通りのセリフを言うだけ、たったそれだけをすればいい。
 
 そう思いステージに立つ。
 いよいよ私の出番、緊張と不安がどっと押し寄せてくる。
「この土地は我らが管理する!お前たちはどっかいけ!」
「……………………」
 あれ?おかしい
 喋れない……口が動かない。
 
 まるで身体と心が繋がっていないような感覚。
 どれだけセリフを言おうとしても喋れない。
 わたしの異変に周囲の人たちが気づいた時には会場がざわつき始めていた。

「そんな!あんまりじゃありませんかー!」
 私の異変に気づいた村人A役の人が咄嗟に代わりにセリフを言う事でなんとか最悪の事態は魔逃れることができた。
 
 そして私の出番が終わった。
「優ちゃん大丈夫?セリフ飛ぶなんて今までなかったのに」
「……………………」
 ステージ裏で美雪ちゃんが励ましてくれた
 しかしそれに返答しようと思っても喋る事が出来ない。
 
「優ちゃん大丈夫?」
私は手でOKサインを作った。そして自分の口を指差し、自分が喋れないことを伝えようとした。
 
 すると美雪ちゃんが
「優ちゃんもしかして喋りたくても喋れないの?」
 私は手でOKサインを作る。
「大変!すぐ先生読んでくるね!」
 
 そう言い、美雪ちゃんは先生を探しに行ってしまった。
 
 私は自分が何故喋れないのか理解が出来ずただ困惑していた。
 
 一体私の身体に何が起きたのだろう。
 
 この日からオイスターガールの生活が始まる……
 
 
 
 
2
あの日から4年……

 私は人前で喋る事が出来ない高校生。
 
 家族とは喋る事が出来る。
 
「優ご飯よー!」
 「はーい、今行くから待って!」
 
時刻は夜7時
階段をゆっくりノシノシと私は降りていく
 
 この匂いはまさか!私の大好物の……
 
「今日は優の大好きなカレーよ。」
「待ってました……この日を!」
 
 私はカレーが宇宙一好きと言っても嘘ではないほどの無類のカレー好きだ。
 
「お父さん今日残業遅いから私たちで先食べちゃいましょう」
「わかったー」
「いただきます」
 
 熱々のカレーを胃に流し込む。
 
 これこそ人生の祝福。
 私の家はお父さん、お母さん、私の3人家族だ。
 
 私は早々に手を合わせてカレーをどんどんかき込もうとすると
「そういえば優、明日から高校生だけど上手くやって行けそうなの?」
「大丈夫だよー美雪ちゃんと一緒の高校に行くからね
 初めから友達いるから安心だよー」
「そう、それならよかったけどもし何か困った事があったらすぐ言いなさいね」
 「あとノートを忘れないでしっかり持ってくように!」
「心配性だなーお母さんは!私にとってそれは必需品みたいなものだから絶対忘れないよー」
 
あの日小学校の学芸会で突然人前で喋れなくなった私は、その後直ぐに病院へ行った。
 
 その結果は
「原因がわかりません、なにかストレスが強くかかっているのが原因だと思います。」
 と真剣な顔で答えられた。
 
 原因が不明じゃ、解決方法がないということで
 
 その後幾つもの病院を回った。

 結果判明した診断結果は場面緘黙症。
 
 家などでは普通に話す事が出来るがそれ以外の学校などでは声を発する事が出来ないという状態のことというのが分かった。
 
 現在の私は自分の家と家族以外の前では声を発する事が出来ない。
 
 だから学校などではノートに文字を書いて会話をしている。
 
 最初は戸惑いもあったが親友の美雪ちゃんのおかげで中学校を無事卒業する事が出来た。
 
 もちろん喋る事が出来ない私をからかってくる人もいたが
「私の前で優ちゃんになんかしたらしばくぞ!」
 といつもいてくれる美雪ちゃんのおかげもあり、からかってくる人は少なくなった。
 
 そんな私と美雪ちゃんは偏差値も同じくらいなので一緒の高校へ進学することになった。
 
 高校でも美雪ちゃんがいるから安心だ。
 私は晩御飯を食べ終わった後
 お風呂に入り、歯磨きをした後
 明日の入学式に備えて準備をすることにした。
 
「ノートは絶対もつ!それに筆記用具、ファイルと
 よし準備OK!」
 
 明日から新しい高校生活が始まる。
 
 不安な気持ちは少しはあるが私は目を閉じ、
 眠りに落ちた。
 
3
「カァカァカァ!」
 朝から盛大な天然目覚ましが鳴った。
 
 「うるさいな、朝っぱらから」
 今日はカラスの鳴き声で目が覚めた。
 
 ゴミでも漁っているんだろうか。
 
 朝眠い目を擦りながらあったかいシャワーを浴び、トーストを焼いてジャムを塗りもりもりご飯を食べる。
私は朝はパン派なのだ。
 
 その後に歯を磨き学校へ行く準備も完了だ。
 
 いつものルーティンの他に新しくやることがある。

 それは新品の制服を着るということ。

 新品の制服に袖を通す。

「この高校の制服、意外と可愛いな」

 緑の柄のスカートがなかなかいいデザインをしていた。


 
 今日から高校生活が始まる。
 
 そして今日は入学式。
 
 遅刻するわけにはいかない。
 
 私はお母さんに「いってきます」と言い、10分前には到着出来るように家を出た。
 
 私は家から一歩出たら喋る事が出来ない。
 だから筆談をいつでも出来るようにノートを手に持ち歩いている。
 
美雪ちゃんはちゃんと遅刻せず学校来るかな、と少し心配したが彼女なら大丈夫だ。
 彼女は小学校、中学生と皆勤賞を取っているまさしく健康体と言っていいほどの女性だ。
 今日も10分前には学校に着いているだろう。
 彼女はそういう人だ。
 
 登校中、私と同じ緑のスカートの制服の人たちを、何人か見つけた。
 
 おそらく私の同級生になるであろう人達だ。
 みんな私と同じで少し緊張と不安な表情をしている。
 
 考えている事はみんな同じだな。
 
 そうこうしていると学校に着く。
 
 玄関へ行くとクラス分けの紙が大きく張り出されていた。
 そこには人だかりが、出来ていた。
 
 ここで私は重大な事実に気づく
あ、美雪ちゃんとクラス別になる可能性あるの忘れた、これはまずい、どうにか美雪ちゃんと同じクラスであってくれと願いクラス分けの紙をじっと確認する。
 
 私の名前は早々に見つかったがいくら確認しても私のクラスに渡辺美雪という名前がない。
 
 半分諦めながら他のクラスの名簿を見るとそこに美雪ちゃんの名前があった。
 
 まずい美雪ちゃんいないとなると私クラスに友達0人じゃん、どうすればいいの……すると玄関でうなだれている私に後ろから声がかかる
「優ちゃんおはよークラス分けどうだったー?」
 私はノートに「クラス一緒じゃないよ」とささっと書き返答する。
 
 すると美雪ちゃんは
「残念だねーでも優ちゃんならすぐ友達出来ると思うよ私、別のクラスだけど休み時間とか私のクラスにいつでも来てね」
 と優しい言葉をかけてくれた。
 
 やっぱり美雪ちゃんは優しい。
 美雪ちゃんの優しさに感動しながら私はありがとうと紙に書いて美雪ちゃんに見した。
 
 教室に入るとおはようと挨拶をされた。
 私はとりあいず手をあげてスマイルを返した。

 教室の席は半数も人が集まっていた。
 
 クラスメイトたちは互いに自己紹介をして、交流をはかっているようだ。
 
 私は黒板の前に張り出されている座席表で自分の席を確認した。私は窓側の前から2番目の席だ。
 
 周りがガヤガヤしていたが席に着くと入学式が始まるまで私はとりあいずスマホをいじって自分の時間を過ごした。

 そして入学式が始まった。
 入学式では基本座っていて、たまに頭を下げたりするだけだった。
 
 校長や生徒会長の挨拶が長くて退屈だなと感じ始めた後に主席の挨拶が始まった。
「主席の一条薫さんお願いします!」
 すました返事の後、一人の男が立ち上がった。
 
 頭脳明晰、いわゆる天才という雰囲気を感じる人物だった。
 
 髪型は韓国風マッシュで、顔も整った顔立ちをしていて、目の下のほくろが色気を感じさせる。
 
 私が学校生活で関わる事のない1軍キャラだな、確信した。
 
入学式の後にクラスでショートホームルームが始まった。
 
 担任の先生は男性の中年でヤクザの様な小太りな、怖そうな石崎という先生だった。
 
 開始早々、一人の男子生徒の態度が悪いと注意をしていた。
 
 この先生はかなり怖そうだ、怒ったら普通にパワハラしてきそうなので注意しなくては……
 
 担任の先生の話の後にクラス全員で自己紹介を行なった。
 私の苗字は「あ」行なので早々に私の番が回ってきた。
「次「安西優」自己紹介だ!」
 私は心の中で返事をした。
 
 返事が無いのでとても物静かな子と思われてると思うがそれは違う。
 私は喋る事が出来ない。
 
 不安と緊張で手が震える中、私は黒板に大きく文字を書いていく。
「初めまして、私は安西優です。私は場面緘黙症という症状で人前で喋る事が出来ません。
 
 なので普段はノートを使って会話をしています。
 
 皆さんと仲良くしたいと思ってるのでもし良ければ話かけて下さい。」
 
 静寂の中、私はぺこりと頭を下げて席に戻った。
 
 拍手は人並みの大きさだった。

 心臓がまだバクバクと鼓動している。
 
「次「一条薫」よろしく!」
 先生は確かにそう言った。
 クラス中の女子がどよめき出す。
 
 近くで見ると身長は170代後半はあるだろう、スラッとしていた。
 
「一条薫です。よろしくお願いします」
 と一言だけ言い席に戻る。
 
 後に大きな拍手が起きた。 
 顔がかっこいいからだろう、女子はみんな大きく手を叩いていた。
 
 そして私と主席の一条薫は同じクラス。
 関わることは無いだろうけど、嬉しいなと私は思った。
 
 その日の放課後、美雪ちゃんに一条薫と同じクラスになった話をすると
「羨ましい!私のクラスなんかジャガイモばっかりだよ!」
 
 そう愚痴っていた。
 
 
 
 
 
    
4
高校生活が始まり、一週間が経った。
 
 今のところは友達は一人も作れていない。
 
 最初はみんな私に気を遣って話かけてくれたが、それもほんの最初のうちだけ。
 
 私から話しかけるなんて、そんな勇気はない。
 
 私は次第に教室の空気と同化していっている気がした。
 
 そんな考えをしていた憂鬱な朝、いつものルーティンをこなし学校へ向かう。
 
 今日はパンにチョコレートを塗った。
 
 少し気持ちもリフレッシュ出来た気がする。
 
「今日も1日頑張ろう」と心の中で思い、私はいってきますと母親に言いオイスターな私になる。
 
 登下校中ピンク色の桜が咲き始めていてとても綺麗で心奪われた。
 
 私の症状も桜の開花と同時に治ればいいのにと思ったが現実はそう甘く無い。
 私の症状は治らない。

 
 学校につき教室に入ると感じる。
 
 最近はグループが出来始めている。
 
 男男のグループ、女女のグループ、男女のグループができ始めている。

 楽しそうに話をしている人が沢山いる。
 
 私はどこのグループとも属さない、いわゆる1匹狼というやつになってしまっている。
 
 まあ私には美雪ちゃんがいるから大丈夫と自分に言い聞かせて、自分の席に着くと一人でスマホと会話する。
 
 そんな毎日を送っていた。
 
 そんなある日事件が起きた。
 
 クラスの学級委員費約10万円がどこかに紛失したのだ。
 
 私はもちろんやっていない。
 しかしクラスのとある女子が私に聞こえる声で
 
「もしかして安西さんがやったのかもね」
 と嘘を言い出した。
 
 クラス中が私の方を見る。
 
 敵を見る目だ。
 
 私は視線に耐えられなくなりトイレに向かった。
 私は断じてやっていない。
 
 そう思いながら顔を洗って手を洗い心を落ち着かせる。
 
「私はやっていない」と言いたいが喋る事が出来ない。
 もどかしくて胸が苦しくなる……
 
 そしてその日の学校終わり、私のジャンバーが教室の隅でくしゃくしゃに潰されていた。

 
 
 
 
5
私は現在進行形で、いじめを受けている。
 
 そのことを親にも美雪ちゃんにも相談出来なかった。
 
 いじめのあった日の翌日、美雪ちゃんと一緒に学食を食べていた。
「着るの朝さんの小説面白いよねー」
 
 それに対して私は一拍時間を置いて、君の心臓を食べたいが好きと紙に書いて返答した。
 
 すると私の些細な変化に気づいたのか
「優ちゃん今日いつもと様子が変だよ大丈夫?」
 そう心配してくれた。
 
 私は「大丈夫」と紙に書いて返事をする。
 
 美雪ちゃんに心配はかけられない。
「そう、ならいいけど」
 美雪ちゃんはそう言い、学食を食べ終えて教室へ帰ると、クラスは賑わっていた。
 
 昼食後はスマホと会話するのが私の日常。
 
 このままこれ以上いじめは無くなってくれと心の中で思った。
 
 しかしいじめは終わらなかった。
「いてっ」
 席に座ろうとするとお尻に鋭い痛みが走った。
 
 なんだろうと思って、お尻の下を確認するとそこには金色の画鋲が一つ落ちていた。
 
 私の姿を見て周りの人はくすくす笑っている。
 
 私はこの状態に耐えきれなくなり泣き出してしまいそうだったがなんとか堪えた。
 
 その日は先輩たちの部活紹介があったが私はなんの部活も入る気がないので楽しそうだなーと思いながらぼうっと見ていた。
 
 その日、家について学校にもう行きたくないと思った。
 親から学校の調子はどう?と聞かれたが私は順調だよと嘘をついた。
 
 自分が虐められているなんて親に相談する事は出来ない。

 親に余計な心配をかけさせるわけにはいかない。
 
 その日は憂鬱な気持ちで眠りに落ちた。

 次の日学校へ行くと私の上靴がなくなっていた。
 
 探したらゴミ箱の中に入っていた。
 
 幸いにも汚れがつくようなものはなかった。
 
 これからさらに何が起こるのだろう、不安な気持ちが私を襲う。
 
 教室につき座る前に椅子の上に画鋲がないか確認する。
 
 今日は何もなくてホッとした。
 今日も教室で一人でスマホと睨めっこ。
 
 誰からも話しかかれないないだろうと思ったが一人の女のクラスメイトがこっちに向かって歩いてきた。
 
 まさか話しかけれないだろうと思ったが、その子は私の目の前で足を止めた。
 
「学級費盗んだのお前だろ?」
 悪そうな笑みを浮かべて私に話かけてきた。
 
 私じゃないと紙に書いて伝えようとすると、その前に彼女は
 
「早いうち白状しないともっと酷いことになるよ」
 私は背筋が凍った。
 
 その時一人の男子生徒が私の方に近づいてきた。
 
 私はまた何か言われると思い、心臓の鼓動が早くなった。
 
 しかし男子生徒は私の方ではなく、彼女に向かって
「安西がやったって証拠あんの……?ないだろ?」
「変な言いがかりやめろよ、安西に何かするつもりならお前にも酷いことしてやろうか」
 と言った。
 
 そのクラスメイトは一条薫だった。
 
 周囲がざわついている。
 その日から私へのいじめはきっぱりなくなった。
 
 そして心残りが一つできた。
 
 それは一条薫にありがとうと伝える事が出来なかった。
 
6
あれから一週間、家に帰り自分の部屋に入りあの時のことを振り返った。
 
 ありがとうを言えなかった。
 心残りでむずむずした。
 
 私はベッドの上で枕に顔を埋めて、大きなため息をついた。
 
 今日こそ言おう、今日こそ言おうと思っていても体が思うように言うことを聞かない。
 
 どうすればいいのだろう。
 
 こんな事で悩む自分が情けない。
 
 いっそ今までのことを全部美雪ちゃんに相談してしまえば……
 
 美雪ちゃんなら分かってくれてどうすればいいかアドバイスをくれるに違いない。
 
 私は少しの期待を持って美雪ちゃんに明日の昼ごはんの時相談しようと決めた。
 
「優、晩ごはんよー!」
 
 そうこうしていると階段から母の呼ぶ声が聞こえたので階段を降りていく。
 
 今日の晩御飯を匂いで当てようとする。
 
 これは焼き魚の匂い。
 
 魚の種類は分からない。
「これなんの魚?」
「秋刀魚よー」
秋刀魚は魚の中でNo. 1と言っていいほどライクである。
「いただきます」
 手を合わせた後に中央を切って溝に黒い醤油を流し込むほくほくとした身に醤油が馴染んでいく。
 
 まずは一口。
「おいひぃ〜!」
 醤油のしょっぱさや魚の塩気に奥に感じる魚の甘み、旨みが口の中でダンスパーティーをしている。
 
 熱々の白米と味噌汁を間に挟み、私は晩御飯を堪能した。
 
 寝る前のルーティンをこなし明日こそありがとうと伝えるんだ、その為に美雪ちゃんに全部話そうと思い眠りに落ちた。
 
 その日夢を見た。
 
 自由に喋れるようになった私が一条薫と手を繋ぎ仲良く喋っている夢をみた。
 
 起床後なんでこんな夢を見たのかぼうっとしながり考えていたが、そんな余裕な時間はないので朝ごはんを食べ学校へ行く準備をした。
 
 今日は大事な日だ、食パンにはマーガリンと砂糖をつけて食べた。
 
 時間というのはあっという間でその日は何事もなく昼食の時間になった。
 
 私は美雪ちゃんのところへ向かう。
 
 今までのことをすべて相談するのだ。
7
次の日ももちろんいじめはなかった。
 
 学食の時間、美雪ちゃんと中華丼を食べる。
 
 今まであったいじめの話をしようと思ったがなかなか伝えることが出来る気分にはならない。
 
 すると美雪ちゃんが
「最近うちのクラスでいじめがあったんだよね」
「優ちゃんは大丈夫だよね?」
 と私が言いたいことを言い出しやすい空気を作ってくれた。
 
 私は心の緊張が少し緩み
 
 実は……と紙に書いて全てを話した。
 
 すると美雪ちゃんは
「なんで私に話してくれなかったの?私たちの関係ってそんな薄かったっけ?」
 と怒り顔で言ってきた。
 
 私はすぐさま謝罪と理由を紙に書いて述べようとしたがその前に
「結果的にいじめはなくなってよかったけど、助けてくれた男の子にありがとうを言えてないということね」
「そういう時は菓子折り一つ持ってありがとうって一言伝えるだけでいいんだよ!」
 
 私はそうかと感心した。
 
 手作りクッキーを作って、それと一緒にありがとうを言えばいいのか。

 美雪ちゃんはやっぱり頼りになる。
 
 私はわかった!ありがとうと紙に書きその後は謝罪と弁明の時間で昼食を終わった。
 
 自分の教室に戻り自分の席についた。
 
 椅子の上に黄色い画鋲はもうない。
 
 席に座った後回りを見渡し一条薫を探すと見つけた。
 
 一人でイヤホンをし音楽を聴きながら勉強していた。
 
 さすが秀才は普通の生徒とは違うと思った。
 
 その日から定期的に彼を観察してみることにした。
 
 今日も休み時間も勉強して友達と喋っているところを見とことがない。

 昼食も一人で食べているみたいだった。
 
 その次の日も次の日も彼は同じだった。
 
 彼は私とは違う種類の1匹狼なのだろう。
 
 例えるなら、一人でなんでも出来てしまうタイプの人種だと思った。
 
 少し話しかけづらいと思ったが明日ありがとうを伝える為にクッキーを作ろうと決めた。
 
 その日家に帰った後にクッキーの材料をスーパーへ買いにいく、材料コーナーで薄力粉、砂糖、バターを買う。

 卵は家に沢山あるから大丈夫として味は何にしようかプレーンだと味気ないなと思った私は長く悩んだ末にチョコチップクッキーにすることにした。
 
 クッキーを焼くなんて小学校のバレンタイン以来だな。
 
 今は6月、全然時期が違うと思った。
 
 クッキーを焼いている最中母から
「誰にプレゼントするの?」
「好きな人出来た?」
 と聞かれたが違うと言って、話しかけてくる言葉を流した。
 
 私はお菓子作りは休みの日によくやっているので得意な方だ。
 
 1時間ほどで完成した。
 
 明日クッキーを渡して、ありがとうを言おうとそう決めその日は眠りに落ちた。
 
 
8
朝自然と目が覚めた。
 
 今日は私にとって大事な日、朝ごはんはもちろんパン。
 
 今日はパンにピーナッツを塗って食べた。
 
 登校する前の準備にクッキーを持って家を出る。
 
 もちろん家族に行ってきますというのも忘れない。
 
 登校中一条薫にクッキーを渡したらどんな顔をするのか考えていた。
 
 いらないとか言われたらどうしよう……
 
 喜んでくれるといいな……
 
 不安も期待も心の中でいっぱいだ。
 
 1時間という長い時間のある昼休みに渡さそうと私は考えた。
 
 その日の3時間目は体育でバレーだった。
 
 私はバレーは部活には入ってないがそこそこ得意ない方だ。
 スパイクも難なく打てる。
 
 その日は練習試合をして、対戦相手は一条薫のいるチームだった。
 
 一条薫はスポーツも出来そうなイメージだ。
 一条薫にスパイクが飛んでいく。
 ボン!
 ボールは一条薫の顔面を直撃した。
 
 私は思わず、吹き出しそうになったがそれを堪える。
 一条薫はムクっと起き上がると鼻血を垂らし保健室に直行していった。
 
 どうやら一条薫は運動は苦手なようだ。
 
 意外なところを見つけてしまった。

 昼休み美雪ちゃんとご飯を食べ、さっきの出来事を紙に書いて伝える。
 
 すると美雪ちゃんは
「勉強は出来てもスポーツは出来ないタイプなのかもしれないね」
「でもあの一条薫がスポーツは下手って面白すぎるでしょ」
 と笑っていた。
  
 私はそれに笑顔でうなずく。
 
 学食を終え一条薫を探すと鼻にティッシュを詰め込みながらご飯をモリモリ一人で食べているところだった。
 
 話しかけよう……そう思った時心の中で不安な気持ちが私を襲った。
 
 だか美雪ちゃんに言われた言葉を思い出し。
 
 紙に一条くん今時間いいかな?と書いて見せた。
 すると一条薫は驚いた顔で
「え、俺に話かけてるの?」と驚いてる様子だった。
 
 私は首をこくんと縦に振った。
「どうしたのいきなり?」
 私は実は一条くんにこの前助けてもらったことのお礼言いたくてと紙に書いて見せた。
 
 すると一条くんは
「あー、あの時のことね!あれ以来ひどいことされてないよね?」
 私は首を縦に振った!
 
「よかったー!、早く友達沢山作りなよ!
 じゃあな!」
 会話を終わらせようとされたので私はその時透明な袋に入ったクッキーを一条くんの前に差し出した。
 
 そして紙に、この前はありがとうと書いてみせた。
 
 すると一条くんは
「クッキー!俺甘いのめっちゃ好きなんだ!ありがとう」
 と言って喜んでくれた。
 
 周りの人は私と一助くんが喋っているが珍しいのか周囲の視線を集めてしまっている。
 
 私はそそくさと自分の席に戻った。
 
 はぁ、緊張した。心の中で無事渡せたことを安堵した。
 
 この日から少しずつ一条くんとの関係は変わっていくのであった。