藍は告げるかどうか迷ったような表情の末、小声で告げた。
「いるんだよ。本の世界にも“神”と呼ばれる存在が。それも確かな力を持って、な」
 その顔は真面目で、初めに会ったときのように、ボクを騙そうと嘘を言っている訳ではなさそうだった。
 藍はボクを見据えて、一言一言諭すように続ける。
「『ストーリーライター』。それが全ての本のシナリオを書く神の名前だ」
「ストーリーライター……」
 ボクが無意識に反芻すると、藍はコクリと小さく頷く。
「私たち本の世界の住人は、常にストーリーライターが書くシナリオに縛られてる。そして日常の仕事として、シナリオに沿ったそれぞれの“役”を演じているのよ」
 アリスが引き継いで説明する。
「それこそ食べた物の違いのように些細な事から、敵役が違ったり目的が違ったりなんて大きな違いまで、毎回台本と脚本が変わる劇の繰り返し」
「ちょ、ちょっと! 役とか劇とか……まるで――」
「ドラマみたい?」
 ボクは憧れのアリスから突きつけられた理解不能な事実の連続に、今日一番の驚きを隠せなかった。そしてその驚きは、どうやらまだ続くようだ。
「確かに銀幕やステージなんかとも一緒だな」
 藍は続ける。
「この世界じゃ、本の登場人物たちはみんな役者だ。毎日自分にあてがわれた役をこなし、その中の幾つかを……紫苑、お前の世界で作家と呼ばれる連中が、書き出して本にするんだ」
「!」
 つまりは逆なんだよ、と藍は感情のこもらない声で言う。
「作家が登場人物や話を書いて、物語が出来て、それを読者が読む――じゃあない。ストーリーライターの命じたシナリオに沿って登場人物たちが演じ、その内の一本を作者がただ引き当てているんだ」
 それこそお前の世界で言うなら、サッカーの独占放映権みたいにな、と藍はボールを蹴る真似をする。
「だから誰かが一つのシナリオを引き当てたのなら、その前後賞よろしく、微妙に設定や世界観なんかが違う同じ物語を書く奴が現れる。基本の幹から枝分かれするようにな」
 同じ物語にバリエーションがあるのはその為だと、藍は言う。