「オッケー、ちゃっちゃと始めてくれ」
 ボクの事はお構いなしといった口調で、ピーターが言う。
 ボクは知っている。こ、隣でニヤついている奴が、正座してるように見せかけて実は、少しだけ宙に浮いて楽していた事を……。
 ピーター・パンが空を飛べる事は本で知っていたが、実際に見るのとはまた全然違っていた。
 しかしここまで、本世界に入れたり、体が巨大化したり、アリスに抱きしめられたりしていたので、最早ボクはその程度では驚かなかった。
(何しろネバーランドの住人、永遠の少年が、会ってみたら日本を誤解したノリの軽い青年だからなぁ……)
 とりあえず隣人をキッとひと睨みしてみるものの、どうやら暖簾に腕押し柳に風。ヘラヘラ顔が変わることはなく、そのうちに藍が説明を始めた。
「紫苑もいるからな、アリスから聞いたこの国の現状と本世界の大まかな話だ。まず……」
 ボクは隣のピーターの表情が、明らかに強張るのを見逃さなかった。
「キャプテン・フック。本来はこの世界に存在しない筈のあいつが、この不思議の国の物語に干渉し始めたせいで、物語の“シナリオ”に歪みが生じ始めてる」
「シナリオ?」
「物語全体を動かす台本だと思ってくれたらいいわ。あなたが昔沢山読んでくれたのも、この台本に沿って私たちが演じていた劇ってわけ」
 答えたのはアリス。切り株に腰を下ろし、両手で二丁の鉄塊を器用にバラして掃除しながらも、絶えず辺りに気を配っている。
 早速混乱してきたボクに説明するように、後を藍が引き継ぐ。
「紫苑。お前、物語は作者が考えて書き出すと思っていないか?」
「当たり前だろ。作り出す者だから作者……って、もしかして違う?」
 突然振られた奇妙な質問に答えてはみるが、藍は両手でバツマークを作って見せた。
「違う。お前の現実世界にも神や仏、聖人と呼ばれる、見たこともないのに崇拝する対象があるだろ」
 キリスト。釈迦。ブッダ。
 確かに、知っていても見た事なんて無い。
「逆に妖怪や妖精、鬼なんて畏怖の対象になるものもある。……そしてこちらも見えない」
「何が言いたいんだよ!?」
 いい加減、じらされるのにも限界があるのだ。ボクの好奇心は、抑えつけられれば抑えつけられる程、余計に膨らんでいくんだから。