晃は1人で隅田川沿いのスラム街に来ていた。


「ほら、受け取れ」


ボロボロの汚らしい服に身を包んだ初老の男は、渡された封筒の中身を丁寧に確認した。


「なんか少なくないか?」


「調子のんじゃねーぞクソじじい」


「……殺人の黙秘料にしては安すぎると思うがな」


図々しい男にチッと舌打ちして、晃は財布からもう数枚壱万円札を取り出した。


「……受け取ったらさっさと失せろ」


ゴミにしか見えない荷物を乗せたカートを引いて、男は立ち去った。


2年前のあの日、晃が慌ててビルを出たところで、巡回中の警察官とばったり鉢合わせてしまった。


将也の血が顔や服に飛び散っていて、事情聴取は避けられるはずもなかった。


そして晃は、とっさに転がっていた鈍器で警官の撲殺に踏み切ってしまう。


さっきのホームレスは一連の出来事を目撃していた唯一の人物で、名前をチンという。


晃はチンを買収し、こうして定期的に金を渡す代わりに、誰にも口外しないことを約束させた。


初めこそチンの要求には全て応えていた晃も、すっかり味を占めたここ最近の彼の態度は目に余るものがあった。


「……浮浪者の分際で」


晃は車に戻りタバコに火をつけながらぼやく。


今頃になって、あの時あの場でチンも始末しなかった自分が恨めしくなる。


しかし、今からでも決して遅くはない——。


晃は今度こそ忌々しいこの過去にケリをつけたかった。