「オッサン今日の調子はどーよ」


「あ゛?」


耳に良くないほど無駄にデカい音量と球の音が鳴り響くパチンコ店で、杏奈の父親は隣に座っていた金髪の若者に話しかけられた。


この時間からジャージでパチンコに来ていることを察するに、おそらく引きこもりのオタクだろうと、自分のことは棚に上げて勝手な偏見を押し付けた。


「てんでダメだ。この店はクソ」


父親はあまり機嫌が良くなかった。


連日通っているが、ここ最近はすこぶる調子が悪いのだ。


「そっかぁー」


しかし、隣の若者からはさっきからジャラジャラと景気の良さそうな音が鳴り止まない。


「ちょっとそこの席代われよ!」


父親は目の色を変えて若者を押しのけ、無理やり席を奪った。


その様子にニヤリと口角を上げて、謎の若者は耳打ちした。


「俺が調子いいのはさ、コレ使ってるからだぜ」


ポケットから小袋に入った白い粉をサッと見せた。


おそらくこの一瞬では何も理解できていないだろうが、存在をちらつかせるには十分だった。


「じゃーオッサン。《《楽しんで》》」


父親は目の前の機械に夢中で、もはや男の話なんて聞いていなかった。


でも、それでいい。


最後の仕上げを終えた旭は、店を出てから金髪のカツラとジャージを路地裏に脱ぎ捨てて、足取り軽く本来の仕事に戻った。


玄関先、リビング、洗面所、台所。


旭は〝プレゼント〟が当分尽きることがないように、相当の量の魔法の粉を、杏奈たちが住んでいた家の中の至る所に置いた。


あの男が行儀良く計画的に楽しむとは思えないが、それがなくなる頃には追加を求めてあらゆる手段に乗り出すはずだ。


仮に一気に使ってしまえば、最悪死に至ることもある。


どちらにしても、彼の人生は破滅の一途を辿ることは明らかだが、もうそれはどうでも良かった。


もし杏奈が望めば、すぐにでも父親の存在を抹消することだってできた。


旭や杉本組にとって、それは造作もないことだ。


でも彼女はそれを望まなかった。


彼女の願いはとてもシンプルで。


——父親とは完全に縁を切り、妹と2人で新しい生活を始めたい、と。


ただそれだけだった。


しかし、娘2人が突然姿を消せば、不審に思って彼女たちを探し続ける可能性だってある。


それなら、もう娘たちのことなど考えられないほど、もっと夢中になるものを与えてしまえばいい。


だから旭は魔法の粉をプレゼントした。


それでも、万が一父親が娘たちの所在を探しても大丈夫なように、杏奈はタケウチの店を辞めることになった。


その代わり、旭のツテで紹介したクラブのホステスとして働けることになった。


そこならスタッフ用のアパートもあり、妹と住む場所を確保できるからだ。