旭が再び診療所には現れたのは、彼が杏奈と出かけて行ってから数時間経った21:00過ぎだった。
  

「じゃあ俺先に帰るな。真紘も朝気をつけて帰れよ」


わざわざそれを言うためだけに寄ってくれたのかと喜んだのも束の間。


旭の格好に違和感があった。


何かが足りない気がする。


「あれ、ジャケットは?」


「あっ……杏奈に渡したままだった」


きっと夜は冷えるし、薄着だった彼女にジャケットを貸してあげただけだと頭では分かるのに。


真紘の心が騒ぎ出す。


「……彼女、何か話してくれた?」


「やったのが父親だっていうのは認めてくれたよ。あとは、本人の希望が叶うようにちょっと手伝うだけかな」


真紘は自分が一体何に対してモヤモヤしているのか分からなかった。


旭が自分以外の女の子の世話を焼いているのが嫌なのだろうか。


だとしたら、自分はとても心が狭すぎる。


「……彼女、絶対旭のこと好きだよ」


こんな子どもじみたこと、言いたくないのに。


真紘は自分を抑えられなかった。


「真紘の言う好きとは違うよ。親からまともな愛情を受けられなかったし、甘えられる大人もいなかった。多分彼女は客にも俺にも、〝父親〟を重ねてるだけだよ」 


「……そうかな?」


「真紘、さては嫉妬してるだろ〜?」


こっちは真剣に話をしているのに、ふざける旭に正直イラッとしてしまい、真紘は無愛想に続けて言った。


「彼女がいつまでも15歳のままだと思ってない?さっきも、みんな杏奈ちゃんの中身は小学生のままみたいなこと言ってたけど、私にはそうは思えない。彼女はもう心も体もちゃんと大人の女性だよ?」


まさかこんな展開になるとは思っていなかった旭は言葉に詰まる。


真紘は続けた。


「……だから、思わせぶりな態度は絶対にしちゃいけないと思う。旭も彼女にその気があるなら話は別だけど」


「……やめよこの話は!真紘が気にすることじゃないからさ!」


言葉こそオブラートに包んでいるが、旭からは部外者は口を挟むなという空気がひしひしと伝わってきた——。