当時旭は、杏奈がタケウチの店で働けるように口利きした将也の判断に噛みついた。


『これじゃあ助けになってないですよ。未成年なのに、結局体売らせて……』


帰りの車を運転しながら旭が呟いた。


今思い返すと、いくら相手が将也とはいえ若頭に意見するなんてただのバカか、よっぽどの怖いもの知らずしかいない。


旭はその両方だった。


『俺もこれが正しい選択だとは思ってねーよ。でも、じゃあどうする?体ばっかり年相応に変わっていくのに、中身は小学生で止まったままの未成年のガキを一体誰が雇ってくれる?国に存在を認識されてるかも危うい彼女を、一体誰が助けてくれる?』


将也は怒ったりせず、旭に説くように言った。


旭も、自分が言いたいことはただの綺麗事だという認識はあったからこそ、何も言い返せなかった。


『ああいう子はな、歌舞伎町(ココ)に山ほどいる。あの子たちは助けてもらおうなんてこれっぽちも思っちゃいないんだよ。求めてるのは居場所と生きる術。だから俺はああするのが一番だと思った。でもこれは俺に何ができるか考えた結果だ。お前にはお前のできることがあっていいんだぞ』


フロントミラー越しに旭と目が合った将也は、口角をあげて頷いた。


そうして旭が導き出した答えが、杏奈に勉強を教えることだった。


杏奈の学力は小学生で止まっていたが、決して勉強ができないわけではなく、むしろ飲み込みはとても速かった。


『いつかカフェを開きたい』と夢を語ってくれた時はとても嬉しかったのを覚えている。


あの時だけでなく、何かと将也に疑問や意見をぶつけていた旭は常々こう言われていた。


〝いつまでもこの世界に染まらないお前が大好きだよ。その感覚は絶対捨てちゃダメだからな——〟と。


しかし、もし今の自分があの頃の杏奈に会ったなら、間違いなく将也と同じ選択をすると思う。


旭は知らず知らずのうちにヤクザに染まっていく自分が怖かった。