「……旭とキスしたの」


真紘は運ばれて来た料理にもワインにも全く手をつけずに真っ直ぐ綾人の方を見て言った。


正直にそう告白してきた彼女の顔には、申し訳なさや反省の気持ちは表れていたが、後悔の様子はなかった。


旭〝に〟キスされたではなく、旭〝と〟キスした、と言う表現に、全ての答えが含まれている気がする。


「……そっか」 


「責めないの……?」


「責めてほしい?」


さすがに大人気ない返しだという自覚はあった。


それでも、これくらいの意地悪は許してほしい。


だって、言えるものなら言いたいのだ。


絶対に別れない、

キスくらいどうってことない、

そんなの別れる理由にならない——と。


でももう自分たちは子どもじゃない、27歳という立派な大人なのだから。


こんな駄々をこねたって仕方がないことは綾人も分かっている。


結局、彼女には嫌われたくないから応じてしまうのだ。


「実は俺、アイツに『真紘とは関わるな』って言ったんだ。だからアイツ、一度真紘から離れようとしただろ?真紘が事故に遭う前くらい」


突然呼び出されて、警察の関係者とは関わりたくないと、真紘は旭に拒絶された。


連絡を取り合うことすら拒否された。


真紘は何かおかしいと感じていたが、やはり旭があんな言い方をしてきたことには理由があったのだ。


「例の事件で先輩が死んで、杉本組をひと通り洗ったんだ。その時に知った。真紘がアイツと同じ高校だったってことを。しかも付き合ってたこともな」


その時綾人は、前に真紘が『高校の恋愛を引きずっている』と話してくれたことを思い出し、それですぐに彼女の忘れられない相手が旭だと気づいた。