旭は綾人が自分を張り込んでいる日を狙い、話をするため近づいた。


万が一にでも他の警察関係者や、同業の人間に見られないよう細心の注意を払いながら路地裏へ入る。


そういえば前にもこんなことがあった。


「下田組に主だった動きもないし、そろそろ潮時だと思う。もちろん100%安全とは言い切れないけどな……」


「お前がそう言うなら、きっとそうなんだろうな」


真紘のためとはいえ、彼女が元恋人の家で暮らしているなんて、婚約者としていい気はしていなかったはずなのに。


その生活の終わりについて提案しても綾人に嬉しそうな様子はなかった。


それどころか、どこか切なそうな顔をした。


「より安全を求めるなら国外退避一択。警察もきっと海外赴任とかあるんだろ?刑事さん、エリートそうだし、そういう選択肢も選べそうじゃん。海外のマフィアとかと違って、日本のヤクザなんてせいぜい国内規模だから、海外なら安心して暮らせると思う」
 

国内有数の杉本組ですら海外へのパイプはとても細い。


ましてや下田組ともなればその心配はゼロに近い。


真紘にキスをしたことについては伝えなかった。


いずれにしろ、旭と真紘はもうすぐなんでもなくなるのだ。


わざわざ波風を立てて、真紘と綾人の関係を揺るがす必要なんてどこにもないと思った。


でもほんの一瞬だけ、言ってやろうかとも思った。


そうすれば、もしかすると2人の結婚話が流れるかもしれないと……。


綾人は「分かった」と、それだけ言い残して去って行った。