旭は今日1日、2人と一定の距離を保ちながら周囲の様子を伺っていたが、下田組の人間はおろか、同業者らしき人間も見なかった。


真紘の職場付近でも、それらしい人物は見ていない。


さすがに真紘が前に住んでいた家に戻るのは危険だが、そろそろ本当に警戒を解いてもいいのかもしれない。


最寄駅に着き、改めて周囲を確認しながら2人の後を追うように旭もセーフハウスへ向かった。


ピチャッ


額に水滴を感じて真っ暗な夜空を見上げると、パラパラと小雨が降り出した。


家まであと少しだというのにツいてない。


小走りで家に帰ろうとした時、ポケットのスマホが振動した。


画面を見ると真紘からの着信だった。


綾人が一緒にいるはずなのに、なぜ自分に連絡が来たのだろう?


この短時間のうちに何かあったのではないかと旭は電話に出るよりも先に体が動いていた。


「もしもし真紘!?もしもし?返事してくれ!」


電話は繋がっているはずなのに、いくら叫んでも真紘からの応答がない。


電話の向こうでは、パシャパシャと雨が地面を跳ねる音がしているだけだった。


「ハァッハァッ……」


少し走ったくらいで息が切れるなんて運動不足もいいところだ。


ようやく家が見える角に着いた時、玄関口の前に真紘と綾人が立っているのが見えた。


正確に言うと、体を寄せ合ってキスしているのが見えた、だ。


アイツ、人ん家ちの前で堂々とイチャつくなよな


旭はそっと通話を切った。


真紘はスマホを持った手を綾人の腰に回していて、あれじゃあ旭の声が届くはずもなかった。


おそらく電話が繋がっていたことにも気づいてないだろう。


もう家は目の前なのに、旭は帰るに帰れず、かと言って駅の方に戻るに戻れず。


雨は意外と本降りになってきて、もはや軽くシャワーを浴びているのと変わりなかった。


決して見たいわけではないのに、見てしまう。    


10年近く経っているのだから当たり前だが、旭の記憶の中の真紘と、今目の前にいる彼女はまるで別人で、あまりにの色っぽさに目が離せない。


あの頃のあどけない面影なんてどこにもなくて、今の彼女は確実に大人のオンナの顔をしていた。


自分の中心が熱くなるような感じがして、旭は自分で自分を軽蔑した。


なんだか今日は本当にツいていない——。