救急外来の待合室に着くと綾人が座っていた。


旭が来たのを確認すると、綾人は立ち上がり『ついてこい』というように歩き出した。


真紘は4人床の病室の一角にいた。


頭には包帯が巻かれ、腕には点滴が繋がっている。


「さっき傷の処置が終わったとこだ。麻酔が切れたら起きるだろうって」


「そっか……まあ無事だったなら良かった。じゃあ俺はこれで」


突然真紘から着信があったから、何かあったのかと思い旭もついここまで来てしまったが、彼女と関わってはいけない、関わるべきではないことは理解していた。


旭がベッドを離れようとすると、眠っているはずの真紘からふいに名前を呼ばれた。


「あさ……ひ……ごめんね」


目が覚めたのかと思い2人は同時に真紘の方を確認したが、どうやら今のは寝言のようだった。


しかし、真紘の寝言でおそらく部屋の温度は5度くらい下がったはずだ。


旭は今すぐスマホで『婚約者の前 元カレ 名前 呼ばれた 対処法』と検索したかった。


こればかりは真紘を恨むしかない。


あまりの気まずさに耐えきれず「この前結構キツイこと言ったから、多分悪夢になっちゃってんなぁ。これ刑事さんのせいだからな?」とおちゃらけて言ってみたが、あまり効果はなかった。


しかし、綾人は至って普通の様子。


これが婚約者の余裕というものだろうか。


「俺は一旦本庁に戻る。また夜に来るから、何か必要なものがあれば連絡するように伝えといてくれ」


「ちょっ、おい!」


綾人はそれだけ言い残して病室を後にした。


旭は扉の方に手を伸ばしたまましばらくポカーンとする。


大昔の話とはいえ、元恋人の男を彼女と2人きりにできる懐の深さ。
 

真紘への確かな信頼と、自分たちの絆への自信あってこそだ。


もし俺が逆の立場だったら、絶対あんな余裕ねぇな……。


旭は綾人に対して尊敬とよく分からない嫉妬が入り混じった感情を抱きながら、仕方なく真紘のベッドサイドの椅子に座った。


30分くらいして、ようやく眠り姫が目を覚ました。