「真紘も聞いたことあるだろ?2年前、当時の杉本組の若頭・杉本(すぎもと)将也(まさや)が自殺した事件。警察官も1人亡くなった」


真紘はコクリと頷く。


あれは2年前、確か寒い冬の時期のことだった。


場所は東京下町の廃ビル屋上。


そこで杉本組の若頭が血を流して倒れていたのを、組の関係者が発見して通報したことで事件が発覚した。


死因は頸動脈をザックリ切られたことによる失血死。


そしてそのビルの裏側には、警察官が鈍器で頭を殴られ倒れていた。


病院に搬送されたが間もなく死亡が確認されたのだ。


現場に落ちていた刃物には若頭本人を含め複数の関係者の指紋が付いていたが、それぞれみんな当日の死亡推定時刻にはアリバイがあった。


ただ1人を除いて……。


「当時、織部だけはアリバイがなかった上に、第一発見者でもあった。ここ数年、杉本組は組長の引退が噂されててかなりピリついてる。組長が引退すれば当然若頭が後を継ぐことになるから、正直誰が内乱を起こしてもおかしくない。それはもちろん、若頭補佐だった織部も例外じゃなかった。要は、織部はアリバイがない上に殺人の動機は十分あったわけだ」


しかし旭は証拠不十分と判断され不起訴処分となり、この件は若頭自身の自殺として処理された。


「どこの誰と会ったって、それが男でも、こうして帰ってきてくれれば何も言わない。だけど、コイツだけは、織部だけは絶対にダメだ!」


テーブルの上で真紘の手を握っている綾人の手に力が入り、真紘は顔を歪めた。


普段温厚な彼がこんなに声を荒げていることに戸惑ってしまう。


そして分からない。


彼はなぜこんなにも旭に(こだわ)っているのか。