「危ないってこと……?」


「そう、そういうこと。だから早く帰れって」


それを聞いた真紘はフフッと含み笑いをしてから、棒読みのわざとらしい芝居を始めた。


「あ〜どうしよ〜!もう誰かに見られて、私狙われてるかもしれないなぁ?もし(さら)われでもしたらどうしよ〜!旭が助けに来てくれるかな〜?でも連絡先知らないからなぁ!あ〜どうしよう〜!」


「なっ……!」


旭は言葉に詰まった。


真紘は昔からこういうところがあったのだと今になって思い出した。


結局、いつも折れるのは旭の方で、あの頃から彼女に対して甘々だったのだ。


それは今も変わらなかった。


「あー分かったよ!俺の負け!」


旭は笑いながら降参した。きっと何年経とうと彼女には一生叶わない。


番号を書いて手渡そうといつもの癖でつい名刺を出しかけて、やめた。


それは仕事で身バレを防ぐために使っているこの世に存在しない架空の人間のものだから。


真紘の前ではあの頃と同じただの〝織部旭〟でいたかった。


真紘からスマホを預かり、彼女の電話帳に直接自分の番号を登録した。


こんなこと、断ろうと思えばできたのに、旭はそれをしなかった。


やはり心のどこかで、彼女とまた昔のような関係に戻りたい、戻れるかもしれないという淡い願望と期待を抱いているのかもしれない。


「家着いたら一応連絡して」


旭は、今度こそ駅へ向かった彼女の後ろ姿が見えなくなるまで見送った。