半地下にあるこの店は会員制のため、限られた人間しか出入りができない。


旭が組に入ったばかりの頃、組以外の繋がりや場所を求めてようやく見つけたオアシスだ。


奥の目立たない2人掛けのソファに座らせてもらい、旭は一応仕事中のためノンアルのカクテルを、真紘も同じものを注文した。


「どうしてあの時、急にいなくなったの……?」


バーテンが離れた瞬間に真紘は本題に触れた。


やはり一番気になっているのがそこだった。


どれだけ考えても、誰にも何も言わずに一切情報も残さず家族で消えるなんて普通じゃない。


「他に好きな奴ができて……って言うのは冗談で、」


旭がふざけようとしたのを見破った真紘は、彼を睨みつけた。


彼女はこんな御託は望んでいないと気づいた旭は覚悟を決める。


「薄々気づいてるとは思うけど、俺ヤクザなんだよ……杉本組ってとこの。それも若頭代行の補佐しててさ」


それから話し始める。


親が事業に失敗してヤクザからお金借りたこと。


借金帳消しの代わりに自分がヤクザになったこと。


「マジでヤバい世界だからさ。巻き込まないように、真紘にもみんなにも何も言わずに消えたんだ。ほんとごめんな」


そう言って力なく笑う彼を見て、真紘は涙が止まらなかった。


彼は何も悪くないのに、むしろ被害者なのに。
当時まだ10代だった彼に背負わされた十字架が一体どれほどのものだったかのかは、想像もつかない。


「何で真紘が泣いてんだよ」


旭はテーブル越しに手を伸ばして、彼女の顔に手を添えながら親指で真紘の涙を優しく拭った。


「だって、だって……!私が何も知らずに能天気に過ごしてた時に旭は……そう思ったら、なんかどうしようもなくあの頃の旭を抱きしめてあげたくなった!」


「ハハハッ。なんだよそれ」


まるであの頃に戻れたような気がして、この時間が永遠に続けばいいのにと心の中でそっと願う。


旭は真紘が泣き止むのを穏やかに見守った。