「…はなちゃん、最近お兄ちゃんとなんかあったでしょ?」
「ええ!?」
予想外の言葉に、思わず大きな声が出る。
すると綺咲は私の声に耳を塞ぎながら、
「ほんと、分かりやすいね。二人とも…」
「二人ともって樹なんか言ってるの?」
「いや、何も言ってないけど、なんとなく分かるよ」
前会った時もお兄ちゃん様子変だった、と足して呟く
さすが綺咲だ。洞察力が凄いんだから。
「はなちゃんってお兄ちゃんのこと好き?」
その全てを見透かした視線に言葉が詰まる。
「………うん」
やっぱり綺咲には全てお見通しなんだね。
さすがです。とほほ
「そっか、なら早くくっついちゃえ」
驚きもせず、淡々と話続ける綺咲
「へ、無理だよ…樹には好きな人がいるんだよ?」
「…ああ、そうだね」
何故か少し間を置いてから、目を泳がせてそういった綺咲を不思議に思う
「え、綺咲知ってるの?なら私には無理だって分かるでしょ…」
樹って綺咲にまで好きな人の話なんてするんだ。2人で恋バナしてるとか意外すぎる。
樹の好きな人って、蘭さんの可能性が高いわけだし
綺咲は樹の好きな人が誰かって知ってるのかな?
「…はなちゃんそれ本気で言ってるの?だとしたらかなりホラーだわ」
私の言葉に、目を見開く綺咲
「どういうこと?」
「いや、まあ、私からはこれ以上言えないけど…何があったの?」
「…勢い余って告白した」
ああもう思い出しただけで、後悔の波が押し寄せてきて押し潰されそうになるよ
勢い余すぎだバカ!って、そもそもなんであの時キスなんてしようとしたんだバカ!
「ふぁ!?で、お兄ちゃんはなんて?」
「…驚いてた…。で、私がすぐ逃げちゃった」
「あんやろう…意気地なし!」
その言葉はどうも樹に向けての発言のようだけど、あまり意味はわからない。
「振られるのが怖くて、ずっと樹を避けてる。好きな人がいるって分かってるからずっと隠して、諦めるつもりだったのに…でももし、樹がその好きな人と結ばれたら…私どうなっちゃうんだろう…ああ、もうわかんないよ…」
恋ってこんなに難しいんだね
みんな当たり前に恋して、彼氏がいるからもっと楽しいものだと思ってたけど悩んで臆病になっちゃうんだね。
頭を抱え込む私に、まだ中学3年生の綺咲はこれ以上踏み込むことができなかったのか、ずっと背中を撫でて隣にいてくれた。
「拗れてるなぁ…」
そんな風に呟く声は、後悔で頭がいっぱいになっている私の耳には届いていなかった。
こんなにも苦しいなら気づかないままの方が幸せだったかも、って考えることもあるし、
でも気づかなけば弾むようなあのトキメキも、この苦しさも知らないままだったって考えると寂しい気持ちになったりもする。
樹の笑顔が浮かんでは消えていく
…早く、消さないといけないのに、消えてくれない。
「疲れた…」
バイトが終わり、家に帰ってきて自分の部屋でゆっくりする。
いつも早くお風呂入りなさい、ってお母さんに怒られるんだけど、床に寝転んでスマホを触っちゃうんだよね。
でも最近考えてしまうのは樹のこと
また今日も樹を思い出しては胸が高鳴ったり、苦しくなったり忙しい感情が溢れて出す
するとマナーモードにしていたバイブがなり、液晶画面には『着信』と通知が出る
電話をかけてきたのは、
「樹、」
無意識に漏れる声と、自然に強張る体
さすがに、電話くらい出るべきだよね…?
よし、出よう。
勢いのまま応答へスライドして電話に出る
「は、はい」
『もしもし、はな?』
恐る恐るスマホを耳に当てると、いつもの樹の声だった
低くて、ハスキーで、落ち着く私の大好きな声
「あ、う、うん」
はな、って言われるだけで胸がきゅんとするんだから、私って相当樹こと好きなんだなぁ…
それを悟られないように、なるべく平然を装う
『…もうすぐ、2週間経つんだけど』
「え…?」
2週間?
『肉じゃが、再来週作るって約束しただろ』
少し低くなった拗ねたような声が聞こえてくる
「あー…そんなこと言ってたっけー…」
言われてみれば言ってたような…
もうその後のほうが大変でそんなこと覚えてないよ…
それにあれ以来肉じゃがなんて作ってないし、上手く出来る自信もない
…この間の肉じゃがだって別に普通だったと思うんだけど
『とぼけんなよ。』
「…、」
相当楽しみにしていたのか覚えていない私に怒っている様子
でも正直、樹に会うのが怖い
もっと好きになってしまいそうで、もしこの間の告白の返事をされて断られてしまったら、泣き喚いてしまって樹を困らせるかもしれない。
樹に会うのが億劫になる理由が多すぎる
『俺に会いたくないのは分かったから。…明後日なら、俺家にいないから。肉じゃがだけ作って置いておいてくれない?』
私の気持ちを見透かしたような樹の言葉
「…わかった」
それなら…会わなくていいなら…
『ん、俺はなの肉じゃが好きだから。楽しみにしてる』
「っ、う、うん…」
嬉しそうな声に胸が苦しくなって、
会いたくないはずなのに、すぐ会いに行きたくなってしまう
樹は何を考えてるの?
『じゃあな』
ぷつりと切れた通話
なんだか思ったよりあっさりしていたな…
どこか物足りなさを感じてしまう私は天邪鬼で、どうしようもない
もっとこの間のことを問い詰められると思っていたのに
・
・
・
2日後
あの日から何度か試作を重ねて、やっと出来上がった渾身の肉じゃが
…私は何をやってんだか、惚れたもん負けとはこういうことか
保冷バックに入れたタッパーいっぱいの肉じゃが
久しぶりに握る樹の家の合鍵
エントランスを抜けて、エレベーターに乗り込み、玄関前で保冷バックを掲げて、
「…美味しくなーれっ」
なんて控えめに魔法をかけてみる
他人に見られてたらすっごい恥ずかしいけど、せっかく作ってたなら、樹が食べるなら、とびきり美味しいほうがいいよね
「お邪魔しまーす」
玄関を開けて入ると、一瞬で感じ取った違和感
「え、靴…」
…いつも履いている樹のお気に入りの靴が一足
玄関だって、廊下だって、リビングだって、明かりがついていた
「はな」
リビングの奥から当たり前かのように出てきたのは、もちろん樹だった
「なっ、なんでっ、今日いないって」
「はなが避け続けるから、嘘ついた」
悪びれる様子もなくそういう
その表情はやけに柔らかく、優しい
いないっていうから来たのにっ
そうやって目の前に現れると、こんなにも胸が痛くなるんだ
目を合わせることができない
「わっ、私帰るっ」
くるっと方向転換をして、外へ出るため玄関の扉を開けようとドアノブに手をかける
「逃さねーよ」
ドンっ、
低い声と共に、私の顔の真横に手が伸びてきて行手を阻む
背後に感じる樹の気配に、振り返ることができない
なっ、なんか密着してない?!
「っ、」
ふわり香ってくる樹の匂いに、顔が赤く染まってくるのがわかった
ドキドキして呼吸が浅くなる
「やっと捕まえた。」
そう呟いて、
私の肩に触れ、
向かい合うように振り向かされる。
触れられた肩が熱い
「なあ、なんで避けんの?」
やっと合わせた視線は近すぎてすぐ逸らしてしまった。
私の目線に合わせて屈んでくれているけど
「それはっ、」
「俺、超悲しいんだけど」
視線を逸らしててもわかる、余裕たっぷりなそのオーラ
「ごめん…」
ああ、もうこんなつもりじゃなかったのに。
肉じゃがだけ素早く置いて帰ろうと思ってたのに、罠にハマったみたい
「この間のこと聞かせて」
「この間のことって…」
分かってる、どこのことかなんて、
フラッシュバックするあの光景。
もう何度思い出して後悔したことか。
「これ以上好きになったらどうするの、ってとこ」
「なっ、」
包むことないストレートな質問に、衝動的に顔を上げるとどこか勝ち誇ったような顔をしている樹と目が合う