戻ってきた高橋さんが、空いてしまったワインの瓶を見て、驚いて私のグラスを取り上げた。
「高橋さん。 嫌ですよ。 まだ、飲みたいんですから。 グ、グラス、返して下さいよぉ」
フラフラしながら、高橋さんが持っている私のグラスを取り返そうと立ち上がった。
「キャッ……」
椅子から立ち上がった途端、バランスを失って床に転がってしまった。
「まったく……。 お前は、何時になったら学習してくれるんだか」
呆れたような、高橋さんの声が聞こえた。
「高橋さんになんて……誰にでもモテて、なぁに不自由しない高橋さんに、私の気持ちなんて分かってもらえない……ですよね」
高橋さんに聞こえないように、床に座り直して下を向きながら、小さく呟くように言っていた。
「何がだ?」
うっ。
き、聞こえてたの?
すると、視線を合わせられるように、高橋さんが床に座っている私の前にしゃがんだ。
「キャサリンって人……結婚しないって……出来ないって……」
「ん? 何だ?」
高橋さんが優しく私の手を取ると、ソファーに座らせてくれた。
酔っていたのと、思いが頭の中で上手く整理出来ずに混乱して、単語を集めただけの言葉に高橋さんは少し考える表情を見せていたので、また困らせてしまったかと思ったけれど、それは徒労に終わった。
「キャサリンは、元同僚だ。 彼女と、結婚する気もない」
ああ……。
きっと、高橋さんはキャサリンさんのことを、私が心配していると思って言ってくれている。
「高橋さんは、結婚しないんですか?」
唐突な問い掛けに、高橋さんは一瞬目を逸らせた。
「さあ……な」
高橋さんは立ち上がって、持っていた私のグラスとテーブルの上の自分のグラスを一緒に持ってキッチンへと消えて行くと、代わりにミネラルウォーターのボトルを冷蔵庫から出して、別のグラスと一緒に持ってきた。
ソファーの備え付けのテーブルの上で、高橋さんがグラスにミネラルウォーターを注ぐ。
「ほら。 飲んだ方がいい」
ミネラルウォーターの入ったグラスを、私に差し出してくれた。
「はい」
グラスを受け取ったが、飲まずに持ったままグラスの中の水の表面を見つめていた。