「あのねっ、わたしが迷わないようにここに桜の木をうえて!」
「桜?」
「わたしの名前、さくらって言うの! 桜が咲くとね、みーんな笑顔になるんだよ! だから、ここにたっくさんの桜の木をうえたら迷わないし、ピンク色はかわいいの!」

 きらきらとした視線を男の人へ向ければ、すいっと視線を逸らされた。

「……そうか。考えておく」

 子供ながらにこれは嘘だと気づく。
 だから、ぽかぽかと男の人の胸をたたいてやった。

「やだ! 絶対うーえーてー!」
「わかったから、暴れるなおてんば娘っ」

 男の人は荒ぶった私を宥めるように、背中をリズム良くぽんぽん叩いてくる。
 それがとても心地が良くて、不覚にも眠たくなってきてしまった。

「ほら、はやくお前さんは現世(うつしよ)に帰るんだ」
「ん~……やだぁ、桜、見るのぉ……」
「まったく……。聞き分けのない子供め」

 はぁとため息をついた男の人に、なんだか腹が立ってむぅと口を尖らせる。

「……一度だけだぞ。よく見ておけ」

 そう言われて口を尖らせるのをやめ、重たくなってきた瞼に必死で抗い目を開ける。
 すると何もなかった暗闇に一瞬にして、満開の桜の並木道が現れた。

「わぁ……!! きれーい!」
「今は幻だが、お前がまたここに来るまでに、本物の桜を植えておいてやろう」
「ほんと? うれしいっ!!」
「満足したか?」
「うんっ」
「では、次こそ本当に帰るぞ。ここは、お前が来るにはまだ早すぎる場所だ」

 そう言うと男の人は、またぽんぽんと私の背中を軽く叩き、今度こそ私は抗えない眠気に目を閉じる。

『また会おう、さくら──』