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 私は小さい頃、迷子になったことがある。
 何処を見ても真っ暗で、目を開けているのか閉じているのかわからない空間は、子供ながらに死んでしまったのだと思った。
 けれどポツリと灯りが見えて、私はそこに向かってがむしゃらに走った。

 灯りに近づくと、誰かが立っていた。
 その人が持っていた提灯(ちょうちん)が、灯りの発生源だったらしい。
 綺麗な顔をした男の人だった。
 髪の毛は雪のように真っ白で、暗闇の中でもきらきらと輝いて見える。
 それは提灯の灯り以外に見た、久しぶりの色。

 綺麗な男の人は、私を見て言う。

「おや、こんなところで迷子とは。とんだ、おてんば娘の子供がいたものだ」
「おてんば? どういういみ?」

 私は言われた意味がわからなくて、首をかしげた。

「ん? まぁ、……元気が良いということだ」
「わたし元気だよ! ほら!」

 褒められたのだと思った私は、ぐるぐると男の人の周りを走りまわって見せる。
 けれど足がもつれて、ぺしゃっと転んでしまい膝を擦りむいた。
 じわじわと痛みがやってきて、悲しくなった私は目に涙を溜めて声を上げる。

「……いたい~っ!」
「はぁ……だからおてんば娘だと言ったんだ。ほら、手を出せ」

 差し出された手を取り立ち上がると、そのまま男の人に抱っこされた。
 目線が高くなって思わず下を見れば、男の人の足元は真っ暗で。
 本当にそこに地面があるのかもわからなくなり、すこし怖くなってぎゅうっと抱きつく。
 ぽんと軽く私の背中を叩いた男の人は、ゆっくりと歩き出した。
 しばらく歩いていると、私はやっと自分の置かれている状況がとても怖くなってきた。

「ねぇねぇ……、ここはどこ? どうして、暗くて怖い場所なの?」
「そういうものだからな」
「だから! どういういみ?」
「ここは現世とあの世の境目。亡くなった者は何も見えなくても、行かねばならん場所がわかるんだ。だから暗くとも支障はない」
「……なにもないと、迷っちゃう人がでてこない?」
「そのような奴は見たことはないが……、お前のように『迷い込んで来る者』はいるな」
「わたし死んじゃったら、迷わずにちゃんと歩ける自信ない……!」
「その年で今から考えても、仕方がないだろう? まだ随分と先の話だ」
「うーん……あ、そうだっ!!」

 急に動いたからか、「おっと」と男の人が私を抱えなおす。