「──弥勒さん」
「なんだ?」

 私は見上げるほどの立派な桜の木を見てから、弥勒さんに視線を戻す。

「この桜は、人の愛……で咲くんですよね?」
「あぁ。想いが強ければ強いほど、綺麗な満開の桜が咲く」
「ならもう……恋愛相談のお店、しなくていいですよ」

 我ながら、素直な言い方じゃないと思う。
 でもこれくらいは許してほしい。

 だって叶わない恋だと思っていたから。
 好きな人に会えて、浮かれているんだ。
 私の言葉に弥勒さんは首を傾げ、でもすぐに「……なるほど。それもそうだな」と言う。

 にやりと笑った弥勒さんは、私をぎゅうと抱きしめた。ふわり、と懐かしい香りが私を包む。

「み、弥勒さん!?」

 さらにぎゅうと力を強める弥勒さんに、どっどっ、と鼓動が速くなる。
 ……すぐ近くで聞こえる弥勒さんの鼓動も、同じくらい速い。

「知っているか? この木は、両想いで実った恋……それも強い想いほど。とても大きな桜の木が根を張る」

 落ち着いた声が耳をくすぐり、なんとも言えない感覚が体を侵食していく。
 すうと細められたその瞳は、私を射止めてその場から動かしてくれない。
 なんて、なんて綺麗な人なんだろう。

「俺の愛ほど、強く、重たいものはないぞ? さくら」


 私が桜を嫌いな理由。
 あの日見た満開の桜は、目を閉じれ瞼の裏に鮮明に映し出されるのに……。
 顔も声も思い出せないあなたに、再び会う事は生涯ないのだと桜に言われているみたいだから。
 
 けれど今は、私とあなたを繋いだ幸運の桜。
 少し……ううん、とっても好きになった桜。
 私の名前でもあるしね。
 ──どうか、恋を胸に秘めている《誰か》の元へも、この桜の花びらに乗って幸運が訪れますように。