陽夏「……わ、私じゃなくて、桜小路さんにしたら?桜小路さんは央士くんのこと好きなんだよ?」

陽夏(あ、人の恋心を勝手に言っちゃった……)


 央士の言葉に惑わされた陽夏は、つい口走ってしまった。


央士「え、まじ?」

 分かりやすく喜ぶ央士に、陽夏は少しモヤっとする。

陽夏「……」


央士「……そっか!桜小路が俺のことをかー。あ……なんか、ごめんな?」

陽夏「へ?」

央士「百瀬には悪いけど……やっぱり財閥の社長令嬢には勝てねえや。……お前には、見合った男がいるはずだから、あんまり気落とすなよ?」

 央士は申し訳なさげに話す。

陽夏(ん……?なんか謝られてるし、私がフラれたみたいになってない?)

陽夏「……な、別に!どうぞ!ご勝手に」

 フラれた側にされたことが理不尽で、自然と口調も強くなる。

陽夏(なんで私がフラれたみたいな雰囲気になってるのよ!)


陽夏「……もう、央士くんの逆玉狙いは勝手にやってよね、もう必要以上に話しかけてこないでね?」

 陽夏は感情を揺さぶられることに嫌気がさして、話を終わらせようとする。

 その場を去ろうと足を進めた陽夏の腕を央士が掴む。


央士「まて……お前が必要なんだよ…」


 央士の瞳が揺れているように見えて、陽夏は戸惑う。


央士「俺、実は……今月お客さんの指名がなくてピンチなんだ。男の家政婦って謙遜されがちで……それに加えて学生だから、ほとんどリピーターがつかねえんだ」

陽夏「指名率No.1って言ってたじゃん……」

央士「あれは……嘘だ!見栄を張っただけだ!!」

 央士はやけにハッキリと言葉を発する。


陽夏(クズなんだか、素直なんだか、わからない……)


央士「……頼む!」

 央士が見つめてお願いするので、陽夏の決心は簡単に揺らぐ。
 央士の思惑通りにならないように、陽夏は頭を左右に大きく振って、邪念をかき消した。

 その様子を見ていた央士の顔色が変わる。


央士「っち、泣き落としもダメかよ……だったら、家政婦に指名してくれたら、キスしてやるよ?」

陽夏「は、なっ、なんでっ、」

陽夏(その言い方だと自分のキスがご褒美だと思ってやがる。モテすぎて感覚がおかしくなってるんだ)

陽夏「ね、念のため言っとくけど、私にとっては、央士くんのキスは全然ご褒美じゃないからね?」

央士「は?お前、それ本気で言ってる?」

陽夏(その言葉、そっくりそのままお返ししたい)

央士「ふーん、じゃあ、指名するか、俺とキスするか」

 央士は究極の選択を迫ってくる。
 陽向に近づいて距離を詰める。陽夏は後退するが本棚に塞がれて、これ以上後ろに下がれない。

 身動きが取れない陽夏に、央士の顔がどんどん近づく。考える時間を与えてはくれない。


陽夏「……ま、まって!」

 陽夏の言葉に耳を貸さずに距離をさらにどんどん詰めてくる。


央士「待たない、」


陽夏(近いっ!近いよー!このままだと、本当にキスされちゃう……)

 唇と唇があと少しで触れそうな距離まで詰めてくる。お互いの吐息を感じる距離。


陽夏「し、指名する、指名するよ!」

 あと数秒でキスしてしまいそうな至近距離に耐えきれず、央士の思惑通りに陽夏は約束をしてしまう。

央士「……ご指名ありがとうございます」

 そう言って意地悪く微笑む央士。
 全部計算通りとでも言いたげな顔だ。


 学園の人気者の弱みを握った陽夏は、主導権を握れると思っていた。

……が、なぜか央士に主導権を握られている。



陽夏(央士くんが、我が家の家政婦になっちゃった……)