◯場面転換 誰もいない第二図書室(昼休み)

 静まり返る第二図書室。
 倉庫代わりとなっていて、普段は鍵が掛かっている。何故か央士は第二図書室の鍵を持っていた。

 央士と陽夏二人きり。



央士「は?なんのために家事代行のバイトしてるかって?金のために決まってるだろ?金しかないだろ」

 呼び出された図書室で、噂話のことを聞いたらこの返答だ。

 陽夏の記憶に残る、爽やか王子の央士くんはやはり幻だと再確認する。



陽夏「……だって、央士くんのお父さんってパイロットって噂で聞いたよ?お母さんは小説家とかも……」

央士「あー、それ嘘だから」

陽夏「え?」

央士「俺の親父がパイロットなわけねえじゃん、蒸発してどっか行ったし。ははっ」

 陽夏の目の前にいる央士は、眉間にしわをよせ、爽やかさとはかけ離れた姿だった。

陽夏「でも、クラスの女子が言ってたよ?」

央士「あー、あれなー。この学園で片親って言うと詮索されそうだし、親が社長って嘘ついたら、ネットで検索すれば一発でバレるだろ?その点、パイロットはバレる可能性低いと思ってさ」

陽夏「……う、嘘ってこと?」

央士「あたりめえだろ、親がパイロットだったら、バイトなんてするかよ」

陽夏「なんでそんな嘘つくの?」

央士「……噂を流したのは、俺じゃねえよ?俺はその噂を否定しなかっただけ。だから、俺は無罪なんだよ」

陽夏「そういうの屁理屈って言うんだよ?」

央士「うるせぇな!俺の将来は金持ち令嬢と結婚するって決まってるんだから、嘘とか噂とかどうでもいいんだよ!」

 央士は真面目な顔で言いのける。


陽夏(みんなが知ってる好青年とは掛け離れすぎてる。口が悪くて、逆玉に乗るために計算して王子を演じてる……クズだ)

陽夏「……」


央士「お前さ、家政婦事務所に俺を指名するって連絡したか?」

陽夏「するわけないでしょ!……こんな横暴な家政婦はお断りです」

央士「……俺の頼みを断るのか?」

陽夏「弱みを握ってるのは、私なんだからね?そんな横暴な頼み方では、指名なんてしないよ!」

央士「……」


 央士は黙り込む。

陽夏(……言い返してこない。もしかして、口喧嘩に勝った?)

 陽夏が勝ち誇ったのは一瞬で、黙り込み俯く央士を見て、陽夏は居た堪れない気持ちになる。

陽夏(え、そんな顔する?……言いすぎたかな?)


 央士は眉を八の字に下げて、瞳は潤んでいるように見える。



陽夏「央士くん?……怒った?」


央士「……俺は、結構気に入ったんだけど……」

陽夏(え?)

 央士はさっきまでの横暴な態度ではなく、しおらしい態度で呟いた。陽夏は央士のしおらしい態度に戸惑う。


陽夏(気に入ってたって……なんのこと?)


央士「好きなんだよな……」


陽夏(……す、すき?)

 予想していなかった言葉に、陽夏はドクンと胸が高鳴る。

陽夏「え、好きって……?」

陽夏(……まさか、私のことじゃない、よね?)

 央士はじっと、陽夏の目を見つめる。
 重なる視線と、央士の言葉を待つ中、陽夏の胸の鼓動は高鳴り続けた。



央士「好きだったんだけどなー!お前の家のキッチン」

陽夏「き、きっちん?」

央士「だって、アイルランド型のキッチンだぞ?オーブンは備え付けででかいし、最高だろ?特に……」

陽夏(なんだ……キッチンか……。一瞬でもドキッとした自分が嫌だ)

 陽夏は勘違いだと発覚しても、ドキドキと胸の鼓動は高鳴り続けていた。