――ピンポーン
インターホンの呼び出し音が鳴る。
マンションはオートロックなので、来訪者がエントランスを抜けるのに、住人が解錠しなければならない。
男「家政婦事務所から参りました」
陽夏「はーい」
家政婦が来るのが日常だったので、警戒心の薄い陽夏は何の違和感も持たずに、いつもの癖でオートロックの解錠ボタンを押す。
陽夏(ん?……あれ?)
陽夏はエントランスのオートロックの解錠ボタンを押した後で違和感に気づく。
陽夏(いつもの癖で開けちゃったけど、男の人の声じゃなかった?)
――ピンポーン
もう一度インターホンの呼び出し音が鳴る。
気づいた頃には遅く、男はエントランスのオートロックを抜けて部屋の前まで来ている。
モニターで確認すると、やはり男性のように見える。
陽夏(家政婦が男なんて聞いてないよー! 初めて会う男の人と二人きりは少し怖いなあ)
家政婦として派遣されるのが、男性だと知らなかった陽夏は戸惑う。
陽夏(……家の前に来ちゃってるし、申し訳ないけど、直接謝って女の人に変えてもらおう)
陽夏「……すみませんけど、女性の方に……」
依頼をキャンセルしようと、玄関ドアを開けながら言葉を発する。
陽夏は口を開けたまま、言葉が途中で止まる。
なぜなら、目の前には見覚えのある人物が立っていたからだ。
男「家政婦事務所から参りました。星乃です。精一杯努めますので、男ですが……どうかキャンセルはご遠慮いただけましたら幸いです」
爽やかに微笑む彼は、私のクラスメイトだった。どうやら、彼の方は私に気付いてないらしい。
陽夏「……」
央士「……えっと?」
陽夏「おっ、……央士くんっ、だよね?」
家政婦のエプロンを見に纏い、爽やかに微笑む彼は、王子くんこと、星乃央士だった。
央士「え、なんで……名前を……」
陽夏「……えっと、私、同じクラスの……」
央士「……っち、まじかよ」
央士は、舌打ちと共に大きなため息を吐き出した。
陽夏(え、……今舌打ちした?嘘だよね?この人、本当にあの王子と呼ばれる央士くん?)
目の前にいるのは、よく知っている人物のはずなのに、陽夏の記憶の央士と一致しない。
陽夏「……」
央士「名前は?」
陽夏「……百瀬陽夏です。えっと、なっ、なんで央士くんが?」
央士「はあ、」
央士は大きなため息を吐きながら、陽夏の身体をグイっと押した。
押された反動で後ずさりをして、気づけば玄関ドアは閉まり、央士が家の玄関に足を踏み入れている。
央士「……最悪だわ、クラスメイトの家とか。お客様名簿で百瀬って確認したけど、お前の家だとは思わなかった。そういえば、お前同じクラスにいたな……存在感なさすぎ!」
顔をしかめてめんどくさそうに呟く。
陽夏(え、だ、誰?……本当にあの央士くん?……だって、央士くんは爽やかで、好青年で……)
央士「お前のせいでこうなったから、このこと誰にも言うなよ?」
陽夏「なっ、なんで私のせいなの?」
央士「お前が存在感なさすぎるから、お客様名簿の名前見ても、クラスメイトだと判別出来なかったんだよ!」
陽夏(……えー、存在感なさすぎるとか、否定出来ないけど傷つく……酷い)
央士が冷たく淡々と述べるその言葉は、陽夏の胸にグサグサと刺さる。
央士「……とりあえず、中はいるぞ?」
陽夏「ちょ、ちょっと、待ってよ!」
央士「ああ?」
陽夏「本当に……あの、央士くん?」
央士「そうだけど?……あー、しくった。焦って、王子モード入れ忘れてた」
どうやら央士は切り替えスイッチを入れ忘れたらしい。
白蘭学園で人気者の一軍、爽やか王子くんの面影が微塵も感じられない。
戸惑う陽夏をよそに、玄関で丁寧に靴を脱ぎ、家の中に入ってきた。
陽夏「……ちょ、ちょっと、待ってよ」
央士「もうめんどくせえから、素でいくわ。こっちは時間ないんだよ。……掃除に、洗濯に、あとは料理か。日ごろから家政婦雇ってるだけあって、家の中は綺麗だな」
独り言のようにぶつぶつと呟いている。
陽夏「お、央士くん、なんでこの仕事を……」
央士「うるさい!……俺は仕事するから、お前は自分の部屋にでもいろよ」
陽夏「えええ!仕事なんて、本当に央士くんが、家政婦さんの仕事できるの?」
央士「これでも、指名率ナンバー1だぞ。……話は仕事が終わった後だ」
そう言い残すと、手に持っていた大きなバッグから掃除用具を取り出して、部屋の掃除を始めた。
陽夏は聞きたいことが山ほどあったけど、央士の気迫に怯えて、それ以上は話しかけられなかった。
陽夏(央士くんの仕事が終わったら、また改めて聞こうかな?)
◯陽夏の部屋
陽夏は、央士に言われた通りに自分の部屋で待機する。
大きいキングサイズのベッドにダイブする。
陽夏(学園の王子と呼ばれている央士くんが、学園で見てた爽やか好青年じゃなくて……家政婦として家にきた……?!だめだ。情報量が多すぎて、頭が受け付けてくれない)
頭の中は疑問符だらけで、理由を考えているうちに、陽夏の意識は遠のいていった。