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――昨日大事なことを思い出した気がするのに、また濃い靄がかかっている。
まるで、忘れて欲しいみたいに。忘れさせるみたいに。
翌朝、同じベッドから起床したロルフとニーナは、日が昇る前から身支度を調え城を出た。この城にはじめてきたときは立派な馬車だったが、今日は一頭の馬の上でロルフの背に張り付いている。
「ロルフ様、どこへ行かれるんですか?」
「この国にとって大切な仕事を担っている者たちの村だ。それに、今日はロルフではなく王族と繋がりがあるどこかの貴族の道楽息子・ロルだ」
(村? 農耕をやっている村のことかしら? その前にその偽名ばればれなんじゃないかしら……設定も曖昧だし)
ニーナはそう苦笑しながら改めてロルフの服装に目をやる。
普段身に纏っている漆黒に豪奢な装飾が施された王族らしい服装ではなく、どこかの下級貴族のような服装に濃藍のマントを羽織っている。深くフードを被っているため、ロルフを象徴する碧眼や白銀色の髪は隠されている。
道楽息子、と呼ぶには少し怪しい雰囲気だとニーナは思う。
それに、ニーナが着ているのも、ロルフが普段用意してくれていたドレスではなく、調香師選抜試験のために引っ張り出したたんぽぽ色の一張羅だ。