「ごめん、お待たせ。思った場所になくて、探すのに時間かかっちゃった」

楓さんと入れ違いに、二階から香澄くんが戻ってくる。

「姉さんは?」

リビングを見渡して楓さんがいないことを聞いてくる。

「紅葉ちゃんのオムツ交換」

「そっか。はい、どうぞ」

「ありがとう」

本を受け取り、パラパラっとめくる。
なんとなく、香澄くんの顔が見れなかった。

この関係も、あと数年‥‥

「いたっ」

ページをめくると、指先に痛みが走った。
紙で指を切ってしまったようで、血が滲んで玉になる。
こんな風に怪我するのは久しぶりだった。

「えっ!」

思わず声が出る。

香澄くんは流れる動きで私の手を取ると、そのまま自然な動きで私の指を口に入れていた。
指先に濡れた感触がするまで、一瞬何が起きたのかわからなかった。

傷口に香澄くんの舌がふれて、甘い痺れが肩まで走る。
 
やってることはさっきの紅葉ちゃんと一緒なのに、絶対違う。
指先を舐られ、吸われ、つかまれている手が熱くなる。
そこから熱が広がって、耳まで熱い。
指先を舐めながら私の様子をうかがってくる目が、まるで獣のようだった。

小学校のときも、転んだ膝を水道で洗っていたら、ペロペロ舐められたことがある。
その時は愛犬のハリーみたいって笑ったけど、今は全然笑えない。

いつもだったらヤダやめてって言うところなのなに、硬直して真っ赤になるしかできなかった。

「香澄くん‥‥!」

やっとのことで声を絞り出すと、我に返ったように口を離してくれた。

「ごめん。久しぶりだったから、つい」

心なしか香澄くんの顔も赤く見えた。

確かに、ずっと吸血我慢してもらってるけど‥‥

握りしめられたままの手は冷めない。

「香澄〜、本あったの?」

楓さんがリビングに戻ってくる気配がして、どちらもなく手を離す。
なんとなく、舐められたら手を楓さんに見られないよう隠してしまう。

血は、止まっていた。

「用事終わったんなら、暗くなる前に送っていきなさいよ〜」

「言われなくてもそうする」

すっきりした顔の紅葉ちゃんと楓さんに挨拶をして、帰る支度をする。

「また今度、ゆっくり来てね。ご飯でも食べてって」

私に挨拶を返してくれた楓さんは、そのまま視線を香澄くんの方にやる。

「そうだ、香澄。伊月くんが今こっちに来てるらしいから、一緒のときに会わないよう気をつけなさいよ」

「はーい」

伊月という聞き慣れない名前に、誰? って問う気持ちで香澄くんを見上げると、短く「イトコ」とだけ返ってきた。