私はソファーに腰掛けて、香澄くんと正式に付き合い始めた頃のことをぼんやりと思い出していた。

あの後、学校で首筋に赤い痕があるのをクラスメイトに見つけられて、キスマークだって騒がれたんだっけ。

ずっと吸血痕見られても虫刺されで誤魔化せてたのに、なんであの時はダメだったんだろう。
人間も不思議。

「そういえば香澄くん、学生のときにも『僕の血を飲んで』って言ったの、覚えてる?」

「え、僕そんなこと言ったの!?」

キッチンからナイフを持ってきた香澄くんは、ぎょっとした顔をする。

「まあ、言った‥‥言ったかもなぁ、言いそうだなぁ、僕」

香澄くんはナイフをテーブルの上に置くと、私の隣に腰を下ろした。
そして、私のお腹に手を当てて頬を緩める。

「嬉しいなぁ」

にこにことする香澄くんに、私も嬉しくなる。

成人しても相変わらずなデリカシーの香澄くんが「もう一週間遅れてるよね‥‥」と言ってきたのはたった一時間半前のこと。

私と香澄くんの間には、もちろんそういう関係もあるわけで、そんな中で遅れが発生すれば真っ先に思い浮かぶ可能性はもちろん‥‥

私の肯定を受けると香澄くんはドラッグストアに走った。

「僕たちもパパとママか」

私のお腹をなでなでしながら、感慨深そうに言う。

「健診とかは普通に行って大丈夫なの?」

「うん。吸血鬼の血が必要な以外は、人間の赤ちゃんとまったく一緒だから。紅葉も普通の産婦人科で産まれてるよ」

吸血鬼の血が必要な以外は。
陽性の結果を受けて一通り喜んだ後、香澄くんは早くから始めた方がいいからと「僕の血を飲んで」と言った。

きょとんとする私に、香澄くんは吸血鬼の赤ちゃんは産まれてからだけじゃなくて産まれる前から吸血鬼の血が必要だと話した。
母親が吸血鬼なら自然と供給されるけど、人間なら母親が経口で吸血鬼の血を摂取して栄養を赤ちゃんに届ける必要があるんだって。

だから「僕の血を飲んで」。
聞き覚えのあるその言葉に、記憶が揺さぶられた。

あの日あの教室で、私はいつか僕の子どもを産んで欲しいと熱烈プロポーズされていた‥‥
数年越しに気づいたプロポーズに、今更顔が熱くなる。

そして、同じセリフだけど伊月くんが言ったシチュエーションでは犯行予告。
イトコなのに伊月くんを絶対に結婚式に呼ばないと香澄くんが言い張った理由が、ようやくわかった。

結婚式ーー
そう、私と香澄くんは一昨年結婚した。
私は私の望んだ通り、香澄くんのトクベツでいられている。
そしてもちろん、香澄くんも私にとってトクベツな存在のまま。