「香澄なんかより、オレに乗り換えねぇか? 楽しませてやるよ」

自販機に壁ドンされて、顎に手をかけられる。
キスされそうな体勢だけど、たぶん私が背伸びでもして避けたら届かないと思う。

「お、オマエあの日か?」

コイツ、本当にクソだーーいけないいけない、伊月くんの口の悪さが移ってしまってる。
でも、本当にこれだから吸血鬼は嫌んなる。

「でもまあ‥‥ンなもん、関係ねぇよな」

自販機についていた手が、私の腕を掴む。

その強い力に、胸の奥が冷たくなるような気がした。

年下ど小柄でも伊月くんは男の人で、しかも吸血鬼だ。
本気になられたら私なんかが敵うわけない。

笑うと香澄くんより鋭い八重歯が見えた。

「オレの血、飲ましてやろうか」

!!

「ねえ、それってどういう意味なの?」

気持ちが冷たくなったかと思ったけど、その言葉に冷たさは吹き飛んだ。

「教えてよ!」

私が追及すると、伊月くんは怒ったのか顔を真っ赤にしていた。

「そんなに知りてぇんなら、今から教えてやるよ!」

来い! と腕を引っ張られた瞬間、その手が蹴り落とされ伊月くんのこめかみを靴底が薙ぎ払う。

「伊月テメェ、何してやがんだ」

吹き飛んだ伊月くんの向こうから、蹴りを回し終わった体勢の香澄くんが現れた。
今まで見たことないぐらい怖い顔をしている。

「無事か?」

「私は大丈夫だけど‥‥」

吹っ飛ばされた伊月くんは、ゴミ箱の上にひっくり返ってのびていた。

「大丈夫なの?」

「吸血鬼は外傷に強いから大丈夫」

気絶する伊月くんを放置して香澄くんは私の手を引くけど、私は気になって仕方がない。
下手したら、香澄くんが犯罪者になっちゃう。

「本当に大丈夫? なんにもされてない?」

私の手を引いて伊月くんから足速に離れながら、私のことを振り返って何度も心配してくれる。
いつもの優しい香澄くんに戻っていた。

「うん、大丈夫。なんにもないよ」

伊月くんにつかまれた腕が少し痛い気がしたけど、言ったらもう一回ぐらい伊月くんを殴りそうだから黙っておくことにした。

「今日も一緒に帰るべきだった、ごめん!」

しょんぼりと謝る香澄くんは、やっぱりシーズー犬のハリーに似ていた。
チワワも可愛いけど、やっぱり私はシーズー派だ。

「そういえば伊月くんにも血を飲ますって言われたんだけど、どういう意味なの?」

「アイツ‥‥!」

私の言葉で可愛いシーズー犬はまたオオカミになってしまった。
次会ったらコロスとか、物騒なことをブツブツ言ってる。

「悪口みたいな意味なの?」

でもそれじゃ、香澄くんも私に悪口言ってたことになっちゃうな。
そんな雰囲気じゃなかったし‥‥
でもそれじゃ、なんでこんなに怒ってるんだろう。

「知らなくていい!」

香澄くんの激しい拒否にそれ以上の追求が出来なくて、ため息が出た。

まあいいや。

「助けに来てくれてありがとね。ヒーローみたいでかっこよかったよ」

私がそう言うと、オオカミは引っ込んで小犬が戻ってきた。