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「——彼女とはそれきりだったが、後日、彼女の名前を調べた。それからなんとなく、彼女の仕事ぶりを気にかけるようになった。彼女のことは、どうしてか頭から離れなかった。いつも心の隅にあった。言っておくが、見張っていたわけじゃないぞ」

 凌士がばつの悪そうにするので、あさひは笑ってしまった。

「わかってます。わたしこそ、すぐに思い出せなくてすみません」

 激励の言葉は、一言一句、覚えている。
 接客はしないでくれ、車を磨いていればいい——という、明らかな邪魔者扱いに心が腐りかけていたのを、あの言葉が「社員」に引き戻してくれたのだから。

(あれが……あのときの「店長」が凌士さんだったなんて)

 セールスの店長だと思いこんでいたせいで、目の前の凌士とすぐに結び付かなかった。けれど思い出した今となっては、あのときの厳しくもあたたかな表情も、すっとした立ち姿も、たしかに凌士のもので。

 凌士が苦笑しながら、あさひが買ってきた春巻きに歯を立てる。さくりと小気味よい音がした。

「……購買部に配属された彼女は、生き生きと仕事をしていた。ここまで成長したかと、感慨深かった。だがその後、俺がアメリカのグループ会社へ出向して戻ったとき、恋人がいるらしいと知った。そのときに初めて、後悔を知った」
「それって……」
「いつのまにか仕事以外にも、心を傾ける存在があったと気づいた。だがもう遅い。それ以来、仕事でも望みはすぐに行動に移すようになった。おかげで『鋼鉄の男』の評判には磨きがかかったな」

 あさひは、凌士が競合他社を出し抜き、業務提携を成立させた件を思い出した。手嶋が、異例の速さに気色ばんだ一件。

「だから、涙を見せられたときには、心が決まっていた」