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 五年前、凌士は自動車事業本部に所属していた。
 現在の事業開発本部では自動車に限らず移動手段全体が事業の範囲だが、こちらは名前のとおり自動車に特化して事業を展開する本部だ。
 そのころの凌士は、部長として陣頭指揮をとっていた。
 若すぎる年齢での部長職。御曹司は苦労知らずで羨ましい、と陰日向に悪口を叩かれ、凌士は成果を上げれば上げるほど孤立していった。

 そんな日々の中で、凌士は業務の隙を見ては、販売店、いわゆるディーラーを視察してもいた。
 ディーラーは別会社ではあるが、グループ全体を率いる如月家の一員として、製品を売る現場を見ておきたいという凌士の個人的な意思によるものだ。

 だいたい月に一度、特に重きを置く主要店舗を見て回る。如月家の次期トップが直々に激励に来るというので、現場の士気が上がると歓迎されていた。

「君が事業撤退を言い渡したプロジェクト、工場長が殴りこみにきたそうだねえ。突然の通達はまずいよ。君は相変わらず、敵を作ってばかりだ」
「説明するだけ無駄です。撤退の事実は変わりませんから」
「そうだとしても、伝えかたがあっただろうに。いつかしっぺ返しがくるよ。それより、ディーラー回りなんていう草の根活動のほうをアピールすればいいのにねえ」
「……行ってきます」

 凌士が入社したころから面倒を見てくれている上司の苦笑いを退け、凌士はディーラーに足を運ぶ。
 磨きあげられた総ガラス張りの店舗の中には、如月モビリティーズが擁する高級車ラインナップのなかでも最高ランクの車が陳列されている。そのどれもが、夢かまぼろしかのような鮮烈な輝きを放つ。
 ゴールデンウィークはかき入れどきだ。最高級ラインのみを扱う店舗だからか客層も富裕層が多く、騒々しくはないが、ガラス越しに見た雰囲気は普段よりも活気がある。
 裏に回り、バックヤードに入ると、店員のひとりが平身低頭で出迎えた。

「活況のようだな」
「おかげさまで。先月出た新機種が牽引してますね。この一週間が勝負どきです」
「店長はどうした? 見当たらないが」
「奥様が第一子をご出産なさったので、育休を取っております。復帰は三ヶ月後になりまして」
「なるほど」

 凌士が首肯して店舗に出たとき、ひときわ明るく、心の曇りさえ一掃しそうな挨拶が響いた。

「——いらっしゃいませ」

 声のほうを向けば、スーツ姿も初々しい女性社員が入店した客にていねいなお辞儀をしている。

 派手ではないが、ふしぎと目を惹かれた。

 彼女は接客をする店員のあいだをちょこまかと動いては、パンフレットを補充したり客に飲み物を出したりと細かな仕事をしている。

「彼女は?」