「いやいや、いい顔をしてたよ。人間臭くて。鉄も高温では溶けるものだからね」
「そうですかね」
「うんうん。昔の君は、周りの人間すべてを敵視していただろう? 心を寄せられる相手ができたようで、よかったよ」

 凌士の父親——社長とも親交があり、凌士の入社時から目をかけてくれた本部長には、なにもかもお見通しなのだろう。

 たしかに若いころは「御曹司」というレッテルが重く、必要以上に全身の毛を逆立てていた記憶がある。

 一刻も早く抜きん出るために、不要なものを切り捨ててきた。そうしなければ、誰よりも上へ立つ資格はないと思っていた。 その考えのせいで、凌士は他部署ともしょっちゅう衝突していた。
 だが、ある出会いのおかげで、凌士はその考えを改めた。それからは、足元をすくわれるほどの衝突はなくなった。

「それほど大事な女性なら、一刻も早い結婚をお勧めするよ。僕の奥さんもいい女だったから、いろいろと大変でね。結婚してやっと安心できたよ。社長は結婚に関しては、なんて?」
「相手を問わず結婚さえしてくれればいい、というスタンスですね。反対されたとしても捻じ伏せますが」
「ああ、凌士くんの前でもそんな感じなんだね。放任主義だなあ」
「忙しいひとですから、息子にかまっていられないんでしょう」

 不満はない。凌士にとっては、子どものころからそれが普通だ。

「いやいや、陰ではしょっちゅう凌士くんの自慢を聞かされるよ。実績を積んでいるからこそ、任せても大丈夫だと思っているんだよ」
「なるほど。顔を合わせれば辛めの採点ばかりされますが、いちおう及第点はもらっていると思っておきましょう」

 一方の母親は、いっときは山のように見合い話を持ってきていた。だが、凌士が突っぱねるうちに、いつのまにかぱたりと止んだ。
 今では両親そろって放任主義だ。

「なにも問題がないなら、さっさと話を進めるべきだよ。社長も心の中では早く安心したそうだから」

 言われるまでもなく、凌士自身はすでにあさひとの結婚について、何度となく想像してきた。