停めてあった車の助手席のドアを開けた凌士が、目をみはる。あさひは乗りこもうとして手を離しかけたが、それより早く抱き寄せられた。

「あさひのための時間なら、いつでも作るぞ。どこへ行きたい?」
「考えてみます。それと」

 あさひは凌士の腕のなかで熱くなった頬を隠しつつ、思い切って口を開く。喉がからからに乾いていた。

「今日もお部屋に行って……いいですか? その、この前は帰ってしまったから……その、続き、とか」

 話すほどに歯切れが悪くなる。だけど、凌士の目はにわかに熱をはらんだ。

「続きは朝までかかるぞ。覚悟しとけ」

 食べるようなキスに、あさひは早くも鼓動を高鳴らせる。

(やっぱり、わたし……)

 戸惑いも怯えも薄れた今、膨れ上がるこの気持ちが唇から零れ落ちる機会は、それからほどなくやってきた。


 
 いつでも時間を作る、と言われても凌士は多忙だ。
 凌士は公私の区別をきっちりつけるタイプで、職場では部下を残業させないために率先して帰るくらいだが、それでも次々に仕事が舞いこんでくる。

 必然的に、あさひが凌士を待つ機会のほうが多くなる。

 この日は夕食を共にするはずが、凌士がアメリカの会社との急なWeb会議が入ってしまった。
 先に会社を出ていたあさひは、定食屋の周辺をうろうろしながら凌士を待つ。凌士からは先に食べるようメッセージが送られてきたが、一緒のほうがいい。 

 とはいえ、そろそろ九時だ。時差を考えれば定時後からの会議に文句は言えないものの、凌士も疲労が溜まるだろう。
 あさひは空を見上げてため息をつく。
 さきほどから、雲が分厚く垂れこめている。雨の匂いが鼻先をかすめ、あさひは定食屋の軒先に戻る。予想したとおり、まもなく雨が降ってきた。

 雨はみるみる激しさを増し、土砂降りになった。
 道を行き交う会社帰りだろうスーツ姿の人々が、突然の雨に足を速める。革靴が水を跳ねる音が雨にまじって耳を打った。

【いま終わった。すぐ行く】

 着信を知らせたスマホをタップすると、凌士からのメッセージだった。さらに雨足が強くなる空にやきもきし、あさひは急がなくていいと返信する。
 けれど既読はつかない。

(凌士さん、傘は持ってるのかな)