「よかったらこれ、使ってください。ちょっと眺めて和むだけでも、休憩できると思いますから」

 凌士がけげんそうに、飲みかけのコーヒーのグラスをテーブルに戻す。あさひの渡したものを取りあげ、しげしげと見つめた。

「ブックマーカー?」
「はい。実は、凌士さんがガラスを吹くのに苦戦しているあいだに、追加でとんぼ玉を作ったんです。この先についてる丸い玉がそうなんですけど」

 できあがったとんぼ玉は、なだらかな曲線を描く金具の先に、細いチェーンを介して取りつけてある。
 冬でもアイスコーヒー派の凌士だが、職場でグラスを使う機会はないだろう。
 そう気づいたあさひは、職場で使っても不自然でなく、息抜きできそうなものを渡したい……と思い立ったのだ。
 凌士が嬉しそうに表情を崩し、あさひは満足してとんぼ玉を指さした。深い青色のとんぼ玉には、白線で力強い模様が描かれている。

「この模様は、凌士さんをイメージしてみました……って、あまりじろじろ見ないでください。絵は上手くなくて」
「俺のために作ってくれたのに、見なくてどうする。さっそく使わせてもらう。ありがとう」

 凌士がとびきりの笑顔で、モンブランにフォークを入れたあさひの手ごと引き寄せた。驚くあさひにかまわず、モンブランを自身の口に運ぶ。

 凌士は、甘いな、と目を細めてから、チノパンのポケットから取り出したものをあさひの手に載せた。

「俺からも。使ってくれ」

「えっ……これ、ピアス? え、え?」

 あさひは呆然と手のなかのピアスを見つめた。
 四つ葉のクローバーを模した形の貴石をゴールドで縁取りしたピアスは、愛らしくも洒落っ気がある。
 宝石に詳しくないあさひでも、見たことがあった。ハイブランドの一級品。ひと目でわかる……けど。

「なんで……こんな高価なものを」
「値段は知らんが、いいだろう。幸運の四つ葉だ。あさひの幸運は、すべて俺が与えてやる」
「もうたくさん、もらってるのに」

 それどころか、あさひはもらってばかりだ。凌士から、たくさんの気持ちを。

「なら、俺にとってあさひが幸運の象徴だという意味でもいい。とにかく、俺の欲のためにつけろ」

 凌士は反論を許さない傲然さで言い切ると、テーブルを回ってあさひのすぐそばにやってくる。長い指が、あさひの髪を耳にかける。

(あっ……)

 やわらかな耳朶を指先で遊ばれたとたん、微弱な電流を通されたように体が痺れた。