「そうなんだ。思えば、それくらいのときがいちばんドキドキしてたかも。私たちなんて、今じゃ熟年カップル。今年のクリスマスで八年よ」
「ご結婚されるんですか?」

 女性は「そうなの」と、ふわっと幸せを煮詰めたような笑みを弾けさせた。

「付き合ってまもないころにプロポーズされたけど、そのときは彼を支えられる自信がなくて断ったの。それからいろいろあって……ようやくなのよ」
「八年かけて、ずっとこのひとがいいと思えるのは素敵です。おめでとうございます」
「ありがとう。けど、けっきょくは短いも長いもなくて、タイミングだと思うわ。私の場合は、飛びこむ勇気がなくて八年も必要だったってだけ。それも今だから笑って振り返れるけどね」

 話していると、配送手続きを終えた凌士がやってくる。女性はあさひを引き留めたのを謝り、恋人らしき連れの男性の元に戻っていった。

「彼女は?」
「恋人とグラスを作りに来たんですって」
「俺たちと一緒か」

 あさひは思わず、凌士を見上げた。
 恋人。

 あさひが言葉にするのをどこかで恐れていた関係を、凌士はためらわずにそう言い切った。

(嫌じゃない……けど。わたしでいいのかな……)

 あさひの心臓が騒ぎ始めたのには気づかない様子で、凌士が目を細めてあさひの肩を引き寄せる。あさひはしばらく、そのぬくもりに身を預けた。

 ひと息つこうという凌士の提案で、あさひたちは工房併設のギャラリー兼カフェに移動する。
 木のあたたかみが感じられる店内は、天井が高く開放的な雰囲気だった。

 ギャラリースペースには、所狭しとガラス作家の作品が並べられている。シーズンオフらしく閑散としているが、あさひはかえって気兼ねなく眺めることができた。

 ケーキセットを注文して、テーブルの向かいに座る凌士を盗み見する。製作過程を思い出してこっそり笑っていると、凌士に気づかれた。

「なんだ?」
「いえ、凌士さんが頬を膨らませてガラスを吹く姿は、レアだったなと。写真を撮ればよかったです」

 ガラスを吹くときは、力を込めすぎてもいけない。ガラスが潰れてしまう。しかし吹きこむ力が弱いと膨らまない。絶妙な力加減が必要だ。

 凌士は何度か強く吹きすぎてしまい、やり直していた。凌士も思い出したのか、顔をしかめる。

「力を出すのは得意なんだが、抑えるのは難しいな」
「……そうですね?」

 噴きそうになるのを我慢し、モンブランを口に運ぶ手を止める。
 凌士が苦戦するところなど、職場ではまず見られない。それだけに意外であり新鮮で、実は可愛いと思ったりもしたのは、内緒にしたほうがいいかもしれない。

 あさひは微笑むと、ハンドバッグから取りだしたものを凌士の前に滑らせた。