館内での勇太君は、驚くほど真剣そのものだった。私は彼に貸りた参考書と向き合うふりをしながら、そんな彼の横顔に見入る。
 しばらくして、元々皆無に等しかった集中力を更に欠いた私を悟った彼は言った。

「少し、休憩しようか」


 図書館一階にある休憩所。ベンチに腰を下ろすとすぐに、彼はトイレに行くと言って席を立つ。ベンチ傍、小さなラック。雑誌を一冊取った私は、ぱらぱら捲って時間を潰した。

「ブラックとミルク、どっちがいい?」

 上から降ってきた声に顔を上げると、そこにはふたつの缶を手にした勇太君。

「ありがとう。ブラックがいいな」
「じゃあはい、こっち」

 黒の缶を渡した彼は、私の隣に腰を掛ける。

「そういえば俺、乃亜の連絡先知らないや」

 白の缶をカコッと開けて、彼は言う。

「交換しようよ」

 鞄から携帯電話を取り出す彼に続き、私もパンツポケットから同じ物を取り出した。

「その待ち受け、乃亜んちの犬?」
「ううん、近所の犬。勝手に撮っちゃった」
「あははっ。可愛い」

 彼の待ち受け画面は、内蔵されたシンプルなものだった。


「じゃあ、私はそろそろ帰ろうかな」

 ポケットに携帯電話を戻した私がそう言うと、彼は「もう?」と肩を竦めたが、席を立つ私が手を振れば、振り返す。

「また一緒にここで勉強しようよ。ひとりでやるより楽しいし」
「え。私、お邪魔じゃない?」
「そんなことないよ。また連絡する」

 どう考えても彼の受験勉強に私は不必要だと思えたが、とりあえずは軽めに頷いた。本当に連絡が来れば、断ればいい。
「ばいばい」と彼に別れを告げて、十度は温度差がありそうな表へと出る。

「ほっんと、暑いなあ」

 ぼやきながら歩く家路。自宅マンションの前まで来て、右手の違和感にふと気付く。

「あ」

 そこには勇太君の参考書。彼とはまた近々会うこととなりそうだ。