蝉が(やかま)しくなればなるほどに、夏は増す。受験生を揶揄(からか)うように、上がる気温。

「乃亜ちゃんおはよう。冷たい麦茶でも飲む?それともやっぱり、ホットのブラックコーヒー?」
「自分でやるからいい」

 食器棚からマグカップを取った私に、「コーヒーね」と言った奈緒さんは、ケトルに水を溜め出した。

『乃亜も母さんに似て、いつもホットばかり飲んでるなあ。こんなに外は暑いのに』

 父にそう言われたのは先週のこと。その隣に彼女もいたかもしれない。


 私が小学六年生の時に亡くなった母は、ドリンクといえば温かい物しか飲まない人だった。

「ママってどうして、つめたいものはのまないの?」

 幼い頃の私は聞いた。湯呑みを抱えた母はこう答えた。

「体温は高い方が免疫力が上がるのよ。ママのママは癌っていう病気で死んじゃったから、普段から予防してるの。なるべく温かいものを摂取して、体温を上げておこうと思って」
「そうなんだあ。じゃあ乃亜もそうしよっかな」
「ええ?乃亜はいいのよ。夏は冷たい飲み物の方が美味しいでしょ?」
「いいの!乃亜もびょうき、きらいだもん!ママとながいきする!」
「じゃあママと一緒に、百歳目指そっか。えいえいおーっ」

 その数年後に母は死んだ。癌という病気に侵されて。