一瞬、誰かに操られているのではないだろうかと疑った。それか脅されて、そう言わされているのではないのかと。

 気管を潜り抜けた、微かに出る声で問う。

「な、何言ってるの……本気?」

 陸は私を見ない。

「なんで?凛花のこと、好きなの?」

 冗談にしても笑えない。彼の瞳はまだ、私に向けられない。

「ねえ陸ってばっ、何か言ってよ!」
「お、俺だって!」

 やっと合ったそのふたつの目は、力強いくせに潤んでいた。

「俺だっていい加減、前に進みてえんだよ!お前を諦めたい!」

 静かな路地に、ふたりの怒鳴り声が響く。

 昨日何があったのか、何故凛花と付き合うことになったのか、質問は山ほどある。けれど陸の腹を括ったような態度を見れば、私の頭にはこれだけが残った。

 今すぐ陸の前から消えたい。
 

「乃亜!」

 背を向け走る私の後ろで、陸が私の名を呼んだ。いや、それが果たして陸かどうなのかももう、判別できぬ。何故ならば、一昨日までの彼は私に──

「乃亜待てよっ!」

 私に似てるねって、プレゼントだってくれようとしていたのだから。

「痛い!」

 陸に掴まれた腕を、振るって離した。

「帰るなら送るからっ。一緒に帰ろうっ」

 こんな時にまで優しい陸に反吐が出る。やけくそな気持ちが、行動に出てしまう。

 パンッと手の平で頬を叩かれた陸は、眉を顰めた。今までたったの一度だって私の暴力に怒ったことがない彼だけど、今日こそは違うだろう。

「乃亜」

 低く掠れた声を出され、体がビクッと反応する。責められる、そう覚悟を決めた。

「送るから、一緒に帰ろう?」

 なのに、どうして咎めもしないの。なじられることしかしていないのに。


 終始無言で、自宅マンションの下に着く。礼も告げずに、私は自動ドアを解除する。

「じゃあな、乃亜」

 その声には返さない、振り返らない。

「またなっ」

 陸なんか、大嫌いだ。