三時間ほどが過ぎた頃、店から出てくる陸の姿が目に入る。

「り、陸!」

 自転車のペダルに足をかけた彼の横顔にそう叫ぶ。彼の目はみるみる見開き、まるでお化けにでも遭遇したかのよう。

「の、乃亜。どうしてここに……」
「なんでっ、メールするって約束──」

 言葉に詰まる。その顔を見ただけで涙が落ちる。

「乃亜っ」

 ガタンと音を立て倒れた自転車を気にも留めず、陸は私に駆け寄った。
 ちゃんと責めたいのに、ちゃんと理由を聞きたいのに。涙がそれ等の邪魔をする。

 静かに泣く私の肩に、陸は手を添えてこう言った。

「ここ店の前だから、違う場所で話そう」


 人気(ひとけ)の少ない路地の隅、自転車を止める彼。私の涙も、その頃には少し穏やかに。

「陸……二次会行ってたの?」
「行ってない。行かないって言ったじゃん」
「じゃあなんで、連絡できなかったの?」
「それは、ごめん……」
「なんで?」

 今度は陸が言葉を詰まらせる。それはとても珍しいことで、大きな不安が押し寄せた。

「……凛花が、さ」
「凛花?」
「誰か知らねえけど、バーベキュー場に酒持ってきた奴がいて、凛花がそれを間違って飲んだんだ。それで、ふらふらになって危なっかしかったから、おぶって帰った」

 それは、連絡できなかった理由に値しないと思った。凛花と別れてから、いくらだって時間はあった。
 責め立てたい気持ちをグッと堪える。

「凛花、大丈夫なの?」
「ああ、今朝メールした時はもう平気だって言ってた」

 私をそっちのけで、凛花とはメールをした。黒い感情が、心を支配していく。

「乃亜……俺、さ」

 もはや悪魔にも見えてきた陸が、次のひとことで閻魔と化した。

「俺、凛花と付き合った」