「おはよう乃亜。今日も暑いねえ」
いつもならまだ家で、コーヒーでも飲みながら朝のワイドショーを観ている時間。いや、まだ起床すらしていないかもしれない。そんな時間でも、勇太君は爽やかだ。
参考書の謝罪メールを送れば、すぐに約束は取り付けられた。夏休み中に二日連続会うなんて、家族か陸くらいだと思っていたのに。
「ご、ごめん!遅れちゃったっ」
とかした髪を結う余裕もなく、ほぼ起きたままの状態で息を切らせる私。
「そんなに待ってないよ。急がなくてもよかったのに」
「あ、暑い……」
「あははっ。そりゃそうだ。早いとこ中入ろーっ」
汗だくの私に対し、彼は清涼飲料水のコマーシャルに出演できそうなほどに清々しい。彼で涼をとれそうだ。
館内には多くの人がいた。勇太君は辺りを見回し呟いた。
「今日はけっこう混んでるなあ。こんなにも暑いから、余計なんだろうな」
冷房の効いている図書館は、猛暑日の人気スポット。
「あ、あそこの間、一個だけ席空いてる」
窓辺の席を指さして、彼は言う。
「あそこにもう一脚、椅子を持って行っちゃおうか」
壁際にぽつんと置かれた予備の椅子をそこへと運ぶと、彼は「すみません」と周囲に頭を下げて、設置した。
「乃亜できたよ。座って」
私が着席するまでの間、背もたれを持ち続けてくれた彼に、レストランのウェイターみたいだなと少し思った。
「じゃあ、何かわからないところがあったら、遠慮なく聞いてね」
私の隣、愚民では到底理解できそうもない問題集が、机の上に広げられた。こんなにもハイレベルな人間の傍でやるのが学校の宿題だなんて、今にも顔から火が出そうだ。
夏休み中一度だって触れなかった真白なプリントを、私はそっと取り出した。
「あ」
一問目を解き始めてすぐ。こつんとぶつかったのは、彼の肘と私の肘。私は「ごめん」と慌てて引っ込めた。
「こっちこそごめん。俺、左利きだからこんなに狭いとこで右側に座っちゃダメだよね。あたっちゃう」
席を交換しようと尻を浮かせた彼を、すぐさま阻止する。
「だ、大丈夫だよっ。このままでいいよ」
「え、本当に?」
「うん、平気平気。だから座って」
その言葉で、ゆっくりと姿勢を戻す彼。
「時々あたるかもだけど、ごめん」
彼は再びペンを持った。
席の交換を拒んだ理由はただ、自分の体温が座面に残っていると思い、恥ずかしかったからだ。この温もりは、大して仲良くもない人物とシェアできるものではない。
こつんこつんと案の定、幾度も私達の肘はぶつかった。こつんこつんと触れ合う度に、ふたり目を合わせてくすり、笑っていたけれど、そのうち気にも留めずに学習できたことが、不思議な感覚だった。
いつもならまだ家で、コーヒーでも飲みながら朝のワイドショーを観ている時間。いや、まだ起床すらしていないかもしれない。そんな時間でも、勇太君は爽やかだ。
参考書の謝罪メールを送れば、すぐに約束は取り付けられた。夏休み中に二日連続会うなんて、家族か陸くらいだと思っていたのに。
「ご、ごめん!遅れちゃったっ」
とかした髪を結う余裕もなく、ほぼ起きたままの状態で息を切らせる私。
「そんなに待ってないよ。急がなくてもよかったのに」
「あ、暑い……」
「あははっ。そりゃそうだ。早いとこ中入ろーっ」
汗だくの私に対し、彼は清涼飲料水のコマーシャルに出演できそうなほどに清々しい。彼で涼をとれそうだ。
館内には多くの人がいた。勇太君は辺りを見回し呟いた。
「今日はけっこう混んでるなあ。こんなにも暑いから、余計なんだろうな」
冷房の効いている図書館は、猛暑日の人気スポット。
「あ、あそこの間、一個だけ席空いてる」
窓辺の席を指さして、彼は言う。
「あそこにもう一脚、椅子を持って行っちゃおうか」
壁際にぽつんと置かれた予備の椅子をそこへと運ぶと、彼は「すみません」と周囲に頭を下げて、設置した。
「乃亜できたよ。座って」
私が着席するまでの間、背もたれを持ち続けてくれた彼に、レストランのウェイターみたいだなと少し思った。
「じゃあ、何かわからないところがあったら、遠慮なく聞いてね」
私の隣、愚民では到底理解できそうもない問題集が、机の上に広げられた。こんなにもハイレベルな人間の傍でやるのが学校の宿題だなんて、今にも顔から火が出そうだ。
夏休み中一度だって触れなかった真白なプリントを、私はそっと取り出した。
「あ」
一問目を解き始めてすぐ。こつんとぶつかったのは、彼の肘と私の肘。私は「ごめん」と慌てて引っ込めた。
「こっちこそごめん。俺、左利きだからこんなに狭いとこで右側に座っちゃダメだよね。あたっちゃう」
席を交換しようと尻を浮かせた彼を、すぐさま阻止する。
「だ、大丈夫だよっ。このままでいいよ」
「え、本当に?」
「うん、平気平気。だから座って」
その言葉で、ゆっくりと姿勢を戻す彼。
「時々あたるかもだけど、ごめん」
彼は再びペンを持った。
席の交換を拒んだ理由はただ、自分の体温が座面に残っていると思い、恥ずかしかったからだ。この温もりは、大して仲良くもない人物とシェアできるものではない。
こつんこつんと案の定、幾度も私達の肘はぶつかった。こつんこつんと触れ合う度に、ふたり目を合わせてくすり、笑っていたけれど、そのうち気にも留めずに学習できたことが、不思議な感覚だった。