心臓が締め付けられる。
なんでだろう。
ちゃんと諦めたはずなのに。

気持ちの整理をつけて、前へ進めていると思っていた。

(わたしは、ひとりでもちゃんと出来る、出来る、出来る……)

泣きそうになって、それだけはするまいとぐっと堪えた。
昴に迷惑をかけることだけは避けたい。

「……大変、申し訳なく思っています。事情は見ての通りです。婚約破棄の慰謝料をということでしたら、一生をかけてお返しします。――――でも、もう、ここへは来ないでください。お願いします」

彼の、貴重な八年を奪った罪は重い。

「なっ……⁉」

昴は絶句した。

「花蓮!」

直後の怒気を孕んだ声に、花蓮はビクッとして首を竦めた。

「ぅあ――!」

昴の大きな声に、歩那が泣きだした。

「あ、歩那っ」

手をばたつかせ、握っていたおもちゃが落ちる。
昴が一瞬怯んだ。
その時、昴の背後から声がかかる。大股でスーツの男が歩いてきた。

「副社長! いいかげんになさってください!」

昴の秘書か、運転手だろうか。

(副社長? 昴さん、副社長になっていたんだ……)

自分の知らない姿があることに、ショックを受ける。
いつ昇進したのだろう。
別れたときはそんな話しはなかった。

ゆくゆくは会社を背負う人だとわかってはいたが、まさかこんなにも早く副社長になっているとは。

(すごくがんばっていたもんね……)

当たり前のことだが、昴の時も止まっていないのだと思い知らされ、切なくなった。