「昴さんに、不満なんてひとつもありませんでした。すべて、わたしのわがままです」

「不満がなかったなら、なぜ。他の男と添い遂げるにしろ、もう少しやりかたがあっただろう。なにもこんな……」

昴は途中で言葉を切ったが、言いたいことはわかった。

“こんなみじめな思いをしてまで”

「それにこんなやりかた、俺に対しても失礼だと思わなかったのか」

深い付き合いではなかったにしろ、八年も結婚を前提に付き合っていたのだ。
それを何も言わずに別れることになった。不満は当然だ。

申し訳ないと思いながらも、理由を話すことはできない。

姿を消し、二度と早間(そうま)の敷居は跨がない。
昴とも会わない。

それが、歩那を守るために、早間と交わした条件。

――――なんの力もない自分には、こんな方法しかなかった。

「事情くらいは話してくれてもいいんじゃないのか? ふたりでしっかり話し合って、それで今後のことも……このままでは、俺も動くことができない」

今になってなぜわざわざ会いに来たのか疑問であったが、これで理由がわかった。
ふたりの関係をきちんと清算をするためだ。

昴は真面目な人だった。
花蓮が婚約者と決まった時、付き合っていた人と別れざるを得なくなったことを知っている。そして、本当はその人をずっと好きでいることも。

(邪魔者がいなくなったから、よりをもどしたいのかも)

それには、花蓮との関係があいまいなままでは本命に悪いからだろう。
もしかしたら、彼女に清算してほしいと頼まれたのかも。