冷徹エリート御曹司の独占欲に火がついて最愛妻になりました

「秘書の米良さんは優しそうで感じ良かったかな。おかげで明日商談できることになったし。」

「あーたまに雪村専務と一緒に雑誌に出てる人!あの人も素敵ですよね〜!イケメン二人か〜私も明日の商談ついていきたいなぁ…」

莉子が本気とも冗談ともつかない発言をする。

「いいけど、朝7時開始だよ?」
「7時!?」

莉子は遙斗のフルネームくらい大きな声で驚いてみせた。これが普通の反応だ。

「なんでそんなに早いんですか!?茉白さん大丈夫ですか?」
莉子が心配そうに言った。

「忙しい人だからそこしか空いてないんだって。私は朝早いの慣れてるし、すぐにアポ取れてラッキーだったよ。リベンジだから今度は資料しっかり確認しておかないと。」

茉白はやはり商談時間を全く気にしておらず、莉子や他の社員が遙斗たちと同じ顔をした。

翌朝 7時
シャルドンエトワール本社・商談ルーム
昨日はエントランスからこの商談ルームに来るまでに何人もの社員に挨拶をしたが、この日はシン…として人の気配を感じない薄暗いエントランスに、米良が直接茉白を迎えにくる形で入館し、ここに着くまでに他の社員と顔を合わせることはなかった。

「おはようございます。本日はお時間をいただきありがとうございます。よろしくお願いします。」

商談ルームの窓の外の空もまだ朝のぼんやりとした優しい光の色をしている。
茉白はまた深々とお辞儀をし、遙斗に促されて着席した。
「昨日LOSKAさんにお送りいただいた資料には一通り目を通しました。」
遙斗が淡々とした口調で言った。

「ありがとうございます。」

「昨日の商談後すぐにお送りいただいて。“会社に資料がある”と言ったのは嘘では無かったんですね。」

「え…?」

「その場凌ぎの嘘で誤魔化して、会社に戻って急いで付け焼き刃の資料をつくる営業マンを何人も見ているので。」
遙斗はまた、目の笑っていない笑顔を見せた。

(…私が朝一で資料作ってくるかどうか試した、ってことか。)

茉白は早朝の商談の意味を察した。

「資料はよくまとまっていたし、おっしゃるようにポーチの品質も悪くないので仕入れを検討しますよ。では、今日はこれで。」

「え!?」

5分と経たないうちに立ち上がって商談を切り上げようとする遙斗に、茉白は思わず驚きの声を上げた。

「検討すると言っているんだから、もういいでしょう?忙しいのでこの辺で。」

「8時まで…」

「え?」

「昨日、米良さんは8時まで空いているとおっしゃってました。それに、“検討”じゃ不安です。」

茉白は遙斗を見据えて少し強い口調で言った。
脚は微かに震えている。


———フッ…くく…

遙斗の隣から堪えた笑い声が漏れた。
米良が肩を震わせている。

「朝一でも臆さなかっただけありますね。応じてあげたらいいんじゃないですか?専務。8時までスケジュールは真っ白ですよ。」

「米良…お前昨日から…」
遙斗は眉間にシワを寄せた。

「だいたいもう資料も読んだし、サンプルは昨日チェックしてるから聞く事が無いだろ。」
不機嫌そうな口調には溜息が混じる。

「私からはお伝えしたいことがたくさんあります!」

そう言って、茉白はバッグから素早く資料を取り出して遙斗と米良に差し出した。

「昨日お送りした資料を見返したら、足りない部分も多くて…」

茉白は説明を始めた。

茉白の資料には雑誌やインターネットで調べたトレンドに関するデータや、SNSでさまざまなキーワードで検索した内容の分析、SNSから探した自社製品に対する意見、そしてシャルドンエトワールに関するデータなどがまとめられていた。

「よく調べてありますね。」
米良が言った。

「………。」

遙斗は米良の言葉を無視したのではなく、資料に見入っていた。

「—こんな感じで、御社の客層とこのポーチのターゲット層がこの部分で重なるんです。なので、ぜひ導入していただきたいです。」

茉白は説明を終えた。
「その絵は?」

遙斗が茉白の手元にある手描きのイラストについて質問した。

「あ、これは持ってくる予定じゃなかったんですけど紛れちゃってたみたいで…」
茉白はどこかバツが悪そうに説明する。

「一応、私が描いたこのポーチのアイデアスケッチです…」

茉白は恥ずかしそうに遙斗にスケッチを見せた。
遙斗は紙を受け取ると米良にも見えるようにしながら、真剣な表情でじっくりと見た。

「この絵…」

「は、はいっ」

「ド下手だな。」

「………」

遙斗のあまりの言い草に茉白は一瞬ポカンとしたが、絵心が無いことは自覚しているので返す言葉が見つからない。

「…すみません…だから持ってくるつもりじゃなかったんですけど…」

茉白は資料の説明の時とは別人のようにモゴモゴと小さな声で言った。

「でも熱意は伝わる。」

「え…」

「絵が下手な分、説明の文章に熱を感じる。この時点でアイスクリーム形のミラーが付いてるとか、裏地がサクランボの柄とかポケットが何個付いてるとかディテールが決まってて最終形に近いのがすごいな。」

遙斗の口調は相変わらず淡々としているが、感心しているのがわかる。

「は、はい!えっとミラーと裏地はこだわりポイントで、バニティの方はフタにミラーが付いてるからアイスの形のミラーは付けられないなって思って、でも開けた時にかわいい!って思って欲しくてサクランボの柄にしたんです!柄が入ってると汚れも目立ちにくいですし。」
茉白がまた饒舌になる。

「この絵じゃ全然わかんないけどな。」

「う…なので、弊社の優秀なデザイナーと優秀な取引工場が私の頭の中を見事に具現化してくれたんです…。みんなの腕が確かなのは私のこの絵が保証します…」

米良は静かに笑っている。

「ふーん…」

遙斗は何かを考えるように、ポーチのサンプルとアイデアスケッチを再びじっくり眺めた。

「決めた。」
遙斗が口を開いた。
「シェル型のグリーンとパープルを各1,000個、ピンクとブルーを各800個、バニティは全カラー各700個。」

遙斗が言うと、米良が隣でタブレットに書き込んでいく。

「え…」

茉白はキョトンとした表情で遙斗を見た。

「何ボーッとしてんの?注文するって言ってんだけど。」

「………ちゅうもん…?」

「………」

「ええ!?」

驚く茉白に、遙斗は呆れた顔をする。

「なんなんだよ…」

「だ、だってさっきは検討っておっしゃってたのに…」

「検討じゃ不安なんだろ?」

「は、はい。でもちょっと…こんな即断で…数もすごいのでびっくりしちゃって…。あの…ありがとうございます…!」
茉白の心臓が緊張と驚きで早いリズムを刻む。

「正直なところ、昨日サンプルを見た段階で注文するつもりだったんだけど…」

「え…?」
茉白がさらに驚く。

「中のパイピングも丁寧にされてて、ファスナーもきれいに真っ直ぐ縫われてるし、金具の滑りもとても良い。裏地の布にこだわってるのもわかった。これは良い商品だと思う。」

「…だったら昨日そうおっしゃっていただければ…」
茉白はおずおずと言った。

「とはいえ、昨日みたいな商談が問題外なのは本当のことだし—」

(それはその通りだ…)
茉白は心の中でまた反省した。

「本当に7時に資料持参で商談にくるヤツなんているのか、って気になったからな。」
遙斗は意地悪っぽく笑った。

「…来ますよ。この下手な絵を形にするのにたくさんの人が頑張ってくれたんですから。」
茉白は試されたことに若干の不満をのぞかせながら言った。
「それにしても…昨日の今日、それもこんな早朝によくこれだけ資料を追加できましたね。」
米良が言った。

「あ…もともと調べなくちゃって思ってた内容と、調べるのが好きなのもあって…楽しくなっちゃってほぼ徹夜で…」
茉白は気まずそうに笑って言った。

「なんでそんなに頑張んの?昨日の資料があれば俺のオーダーには事足りただろ?」
遙斗が聞いた。

「………」

先程までは質問に即答していた茉白が一瞬言葉を詰まらせた。

「あー…えっと、さっきも言った通り、商品一つ一つにたくさんの人が関わってくれているし…私は雑貨が大好きなので。」

その言葉に嘘は無かったが、茉白の気持ちの全てでも無かった。

「…ふーん。」


「今回のポーチは仕入れるけど、それはあくまで今回の話なんで。今回の商品の売れ行きは細かくチェックして各社比較する。それで売れ行きが悪ければ切って行く。」

「はい。」

遙斗の言葉は冷たいようだが当たり前のことだ。

シャルドン(うち)でのLOSKAの過去の商品の売り上げデータも見たけど、地味ながらも確実に売れてるな。ECサイトのレビューなんかで見たら固定のファンもいるようだし。」

(地味…。っていうか、忙しいのに昨日あれから見てくれたんだ…。)

「プロモーションが下手なようだから、もっとSNSなんかも活用して商品の良さをアピールした方が良いんじゃないか?」

「あー…SNSのアカウントはあるんですけど…」
「けど?」

「TwittyもInstagraphもフォロワー1桁です…専ら調べものに使ってるだけって感じで…」
茉白は恥ずかしそうに言った。

「無いのと同じだな…」
遙斗はまた呆れた顔をした。

「これからきちんと発信していけばフォロワーも増えると思いますよ。」
米良がすかさずフォローを入れる。

「ありがとうございます。頑張ります!」

茉白が米良にニッコリ微笑むと、一瞬遙斗の目元に苛立ちが浮かんだ。
「あの…本当にありがとうございます。」

商談が終わりに差し掛かった頃に茉白があらためてお礼を言った。

「本当は昨日の商談で断られても仕方ないってわかってるんです。雪村専務の…バイヤーの立場だったら数字が全てなのは当たり前ですし。なので、あらためてこんな機会をいただけて、注文まで—」

「何か勘違いしてるみたいだけど」

茉白のお礼の言葉に被せるように遙斗が口を開いた。

「俺は別に数字が全てだなんて思ってない。」

「え…」

「このポーチみたいに質が良くても、スケッチとか本人の弁に熱い想いがあっても、それだけじゃ俺が会社や店舗スタッフを納得させられない。その質と想いの裏付けに数字やデータが大事だって思ってるだけだ。俺だって熱い想いみたいなものは大事だと思ってる。」

遙斗は茉白の目をまっすぐ見て言った。

「LOSKAさんの熱い想いがこの場を作ったんですよ。」
米良が言った。

「あ!」

「何?」
茉白が何かを思い出したような声を出したので、遙斗が怪訝(けげん)な顔をした。

「あの…私の名前はLOSKAじゃないです。真嶋です。」

そう言って、茉白は昨日も渡した名刺をまた遙斗に差し出した。
昨日名刺を交換しなかった米良にも渡した。

「マシマ…マシロ?」

遙斗が初めて見るような顔で名刺を見た。

「はい。」

(やっぱり名前なんて全然覚えられてなかった…メールも送ったのに…)

「なんかマシュマロみたいな名前だな。」
遙斗が言った。

「あ、それ嬉しい方です。」

「嬉しい方?」

「よく“にんにくマシマシ”とか言われるので。マシュマロだったらかわいいから嬉しいです。」

「覚えやすい良い名前ですね。」
米良がにっこり笑って言った。

「本当ですか?母がつけてくれた大好きな名前なので、覚えてもらえたら嬉しいです!」
茉白はまた、米良に笑顔を見せた。
「ところで、その絵は何ですか?」

米良が茉白の手元の資料に描かれたラクガキについて質問すると、茉白はギクッとした。
その反応に、遙斗が興味を示した。

「何それ?俺も気になる。虫?」

「虫…ではないです…」
茉白の言葉の歯切れが悪くなる。

「じゃあ何?」


「……ワニ…です…」


———ぷっ

「本当に下手だな。」
遙斗が笑って言った。

「なんでワニなんですか?」
米良も笑いを堪えているのがわかる。

「………」

「なんなんだよ。黙られると余計気になる。商談中にラクガキなんて失礼なんだから理由くらいは言ってもらわないとな。」

「…ゆ、雪村専務を見てたら…ワニを思い出して…何か商品にならないかな…と…」

「は?俺?」

茉白は気まずそうにコクっと頷いた。

「笑ってるのに、目が笑ってなくてワニ…ぽいです…」
茉白は遠慮がちに小さな声で言った。

———プッあはは

今度は米良が声をあげて笑った。

「おい!」

「似てる似てる!ワニだな!」

「笑いすぎだ。だいたいワニってもっとかっこいいだろ…なんだよこれ…」
遙斗は茉白が描いた虫にしか見えないワニの絵をまじまじと眺めながら眉間にシワを寄せた。

「しかもなんか持ってるな、こいつ。時計?」

「…時間に追われてお忙しそうなので…ピーターパンの…チクタク時計ワニかなぁ…って…」

「誰のお陰で朝から忙しいと思ってるんだよ!」

「す、すみません〜!だから言いたくなかったんです…」

二人のやり取りに、米良はますます大きな声で笑っている。


(でも、昨日会った時よりはワニみたいに怖くない…かも…)

7時50分

「では、本日中に私から発注のメールを送ります。これ、私の名刺です。」
商談の終わりに茉白をドアの側に誘導しながら米良が言った。

「はい、よろしくお願いします。サンプル各1個置いていきますので、お手数ですが要返却でお願いします。」

「はい。」

「あ、そうだ。」
茉白がまた何かを思い出した。

「あの、これ…良かったら。」

そう言って茉白がバッグから取り出したのは蒸気が出るタイプの使い捨てアイマスクだった。

「今日は朝早くからお時間を頂いてしまってありがとうございました。今日これから22時までお二人ともご多忙だと思うので、移動の時とかに使ってください。…あ!もしかしてこれって賄賂とかになります?」

「もう今回の注文は確定してますし、このくらいじゃ賄賂にはなりませんよ。」
米良が、可笑しそうに笑いながら言った。

「自分が使った方が良いんじゃねーの?」

「え」

茉白を見送ろうとドアの側に立っていた遙斗が、茉白の顔を上から覗き込んだ。
「クマが酷い。」

徹夜の影響がしっかり顔に出ていた。

(う…そんな至近距離で見ないで…)
遙斗の美しい顔面に圧倒され、思わず赤面してしまう。

「あ、あの、自分の分もあるので大丈夫です!」

「じゃあ、ありがたく頂戴しますね。」

「はい。えっと、今日は朝早くから—」

「さっき聞いた。」

「そうでした…えっと今後ともどうぞよろしくお願いします!」

そう言って茉白は今回も深々とお辞儀をし、商談ルームを後にした。



「おもしろい子だったな。茉白さん。」
商談ルームに残った米良が遙斗に言った。

「お前、下の名前で呼ぶなよ。トラブルの元になるぞ。」
遙斗がどこか不機嫌そうに言った。

「でもLOSKAの社長は彼女の父親らしいから、LOSKAの真嶋は二人いる。」

「調べたのか?」

「まぁ秘書の役目として、一応。株式会社LOSKA、創業30年で安定した業績を保っていたみたいだけど、この3年ほどで経営状況が悪化しているみたいだよ。」

「へぇ…頑張る本当の理由、か。」
遙斗は茉白が渡したアイマスクを見ながらつぶやいた。