食事をしながら自己紹介をしたのだが。
「え……すみません。もう一度、お願いします」
「私の名はライナス・ラドスキア。こちらは弟のアイシス。フェリクス王国出身だ」
フェリクス王国など聞いたことがないが、異世界の住人だというのだから存在しているのだろう。
「吉村多希です。ここ、日本ではファミリーネームから述べるので、私のことは多希と呼んでください」
「承知した」
「少しご家庭のことに触れますけど、その服装とか宝石を持っているとおっしゃっいましたが、ご実家は、えっと、ずいぶん裕福なのかなって思うのですが」
ライナスとアイシスは互いの顔を見合い、それから多希に戻した。その顔に笑みはなく、ひどく深刻な表情になっている。
「実は、私たちはフェリクス王国の王族で、アイシスは皇太子という立場だ」
「皇太子? ライナスさんじゃなく?」
「ああ。私の母は貴族出身ではなく庭師の娘だったのだが、父の寵愛を受け側妃となった。本来、身分の低い私は、王位をいただくにはふさわしくない。それゆえ、アイシスが生まれた時、臣籍降下をして王位継承権を放棄したんだ」
「僕のために……でもタキ、聞いて! 兄上はすごく優秀なんだ。だから僕じゃなく兄上が継ぐべきなんだ。それなのに、母上が兄上を嫌って、命まで狙おうとするから、だから逃げなきゃいけなくなって」
「アイシス、やめさない」
アイシスは、だって! と言って激しくかぶりを振った。
「王妃と対立しても国にとってなんの利もない。正当な王妃が産んだ子が継ぐべきだと私は考えている。だが、王妃には私の気持ちは伝わらないようでね。部下が私の身を案じ、この度、秘術を用いて私を逃がしたのだが、その際アイシスもついてきてしまったというわけなんだ」
「なるほど」
と、相槌を打ってみるが、なんともはや歴史で聞くような権力闘争の話で多希の想像を超えている。
(本当に王子様だったとは)
多希は疑わしいという気持ちを抱きながらも、信じるほうに大きく傾いていくのを感じた。
外国であっても、よほどの辺境ではない限り、電話やネットを知らないなんて考えにくい。全身でクエスチョン力を発揮しているのは、本当に知らなくて、戸惑っているからだろう。
それになにより、二人の素直な反応だ。打算的な態度や表情がまったく感じられない。だから彼らはこの世界に存在していない、別世界の住人なのだ。
(まあ、信じる、でいいんじゃないかな)
二人はスマートフォンをじっと見つめている。それは本当に玩具を前にした子どものようで(アイシスは子どもだが)微笑ましい。
「私、午後から出かける用事があるんです」
「そうか」
「そうかじゃないでしょ。あなたたち、行くあてってないんでしょう?」
二人がすっと目を逸らした。
「お金、持ってます?」
「金貨や宝石なら」
確かに首元には大きなサファイヤが輝いているが、右も左もわからないこの地で、宝石を換金するのは難しい気がする。それはライナス自身が言っていたことだ。
(というか、騙されそうで心配……)
多希は、うん、と自分に向けて頷いた。
「私、一人暮らしだし、この家には空いている部屋もあるから、使ってもらっていいです」
「本当か!?」
「なにをするにしたって、宿なし金なしじゃ困るでしょ? 貸しの返し方は考えて後日言うから、当座はここに暮らしてもらって、この世界のこと学んでくれたらいいと思います」
「すまない。本当に助かる」
「小さな子どもを連れてふらふらしてたら、通報されて警察に捕まるかもしれないし、そうなったら、異世界とか話したら、この国では話が通じなくて大変なことになるだろうから」
言いつつ、妙に信じて住まわせようとしている自分が愚かな気がしてくるが、ここまで来たらあとには引けない。乗りかかった舟だ。多希は続けた。
「この国では異世界はないんです。空想の物語なの。だから、そのワードは使わずに、外国から来た、と言ってください。もし、どこの国? とか聞かれたら、えーっと、うーん、そうだなぁ……」
二人を眺める。
欧米の国ならどこでもいいが、日本人の誰もが相応に知っている国では矛盾点などいろいろ指摘されそうだ。文化習慣がそんなに詳しく知られていない国がいいだろう。
「スウェーデンとかフィンランドって言えばいいかな」
「スエ?」
「スウェーデン。言い難かったら、フィンランドでもいいし。ノルウェーでもいいかな」
「いや、言える。スウェーデン。ではそうしよう」
「じゃあ、留守の間、スウェーデンのことを勉強してもらったほうがいいわね。ちょっと待っていてください」
急いで立ち上がり、自分の部屋に向かう。そしてスウェーデンのことが書かれた書物を取り出してダイニングキッチンに戻った。
パソコンで検索させてもいいが、パソコン自体の使い方から教えるには時間がない。紙の本や地図なら捲ればいいだけなので、問題が起こることはないだろう。
だが、その一方で不安もある。
(会話はまったく問題ないけど、日本語、読めるのかな?)
どういうからくりで二人が日本語を操っているのかさっぱりわからないが、文字まで自在なのか疑問だった。
「えーっと、ここにスウェーデンのことが書かれているんですが、読めますか?」
「大丈夫だ。秘術によって作られた魔法陣を通れば、あらゆる世界の言語と文字が理解できる」
またよくわからないことを言っている。
「……便利なんですね」
「まあな。だからこそ、秘術なんだ」
「では私が留守の間、これらを読んでスウェーデンのことを勉強しておいてください。それから、今夜、最低限の説明をするから、それまでの間はなにがあってもこの家から出ないこと。いいですね?」
「わかった。留守番をしている」
多希はそれを聞いて頷き、二人を残して再び自分の部屋に戻った。そしてパソコンを立ち上げ、通販サイトにアクセスする。
(あの格好をなんとかしないと。アイシス君のほうは、まぁ、子どもだからかわいくていいけど。とりあえずサイズを選ばない服を数着、ネットで買っておくしかないな。この時間なら、お急ぎ便で注文すれば今日中に届くし)
宝石を所持しているのなら、いずれ換金した時に通販代を返してもらえばいい。そう思って、似合いそうな普段着やパジャマ、下着などを二人分、それぞれ数着ポチっと購入したのだった。
「え……すみません。もう一度、お願いします」
「私の名はライナス・ラドスキア。こちらは弟のアイシス。フェリクス王国出身だ」
フェリクス王国など聞いたことがないが、異世界の住人だというのだから存在しているのだろう。
「吉村多希です。ここ、日本ではファミリーネームから述べるので、私のことは多希と呼んでください」
「承知した」
「少しご家庭のことに触れますけど、その服装とか宝石を持っているとおっしゃっいましたが、ご実家は、えっと、ずいぶん裕福なのかなって思うのですが」
ライナスとアイシスは互いの顔を見合い、それから多希に戻した。その顔に笑みはなく、ひどく深刻な表情になっている。
「実は、私たちはフェリクス王国の王族で、アイシスは皇太子という立場だ」
「皇太子? ライナスさんじゃなく?」
「ああ。私の母は貴族出身ではなく庭師の娘だったのだが、父の寵愛を受け側妃となった。本来、身分の低い私は、王位をいただくにはふさわしくない。それゆえ、アイシスが生まれた時、臣籍降下をして王位継承権を放棄したんだ」
「僕のために……でもタキ、聞いて! 兄上はすごく優秀なんだ。だから僕じゃなく兄上が継ぐべきなんだ。それなのに、母上が兄上を嫌って、命まで狙おうとするから、だから逃げなきゃいけなくなって」
「アイシス、やめさない」
アイシスは、だって! と言って激しくかぶりを振った。
「王妃と対立しても国にとってなんの利もない。正当な王妃が産んだ子が継ぐべきだと私は考えている。だが、王妃には私の気持ちは伝わらないようでね。部下が私の身を案じ、この度、秘術を用いて私を逃がしたのだが、その際アイシスもついてきてしまったというわけなんだ」
「なるほど」
と、相槌を打ってみるが、なんともはや歴史で聞くような権力闘争の話で多希の想像を超えている。
(本当に王子様だったとは)
多希は疑わしいという気持ちを抱きながらも、信じるほうに大きく傾いていくのを感じた。
外国であっても、よほどの辺境ではない限り、電話やネットを知らないなんて考えにくい。全身でクエスチョン力を発揮しているのは、本当に知らなくて、戸惑っているからだろう。
それになにより、二人の素直な反応だ。打算的な態度や表情がまったく感じられない。だから彼らはこの世界に存在していない、別世界の住人なのだ。
(まあ、信じる、でいいんじゃないかな)
二人はスマートフォンをじっと見つめている。それは本当に玩具を前にした子どものようで(アイシスは子どもだが)微笑ましい。
「私、午後から出かける用事があるんです」
「そうか」
「そうかじゃないでしょ。あなたたち、行くあてってないんでしょう?」
二人がすっと目を逸らした。
「お金、持ってます?」
「金貨や宝石なら」
確かに首元には大きなサファイヤが輝いているが、右も左もわからないこの地で、宝石を換金するのは難しい気がする。それはライナス自身が言っていたことだ。
(というか、騙されそうで心配……)
多希は、うん、と自分に向けて頷いた。
「私、一人暮らしだし、この家には空いている部屋もあるから、使ってもらっていいです」
「本当か!?」
「なにをするにしたって、宿なし金なしじゃ困るでしょ? 貸しの返し方は考えて後日言うから、当座はここに暮らしてもらって、この世界のこと学んでくれたらいいと思います」
「すまない。本当に助かる」
「小さな子どもを連れてふらふらしてたら、通報されて警察に捕まるかもしれないし、そうなったら、異世界とか話したら、この国では話が通じなくて大変なことになるだろうから」
言いつつ、妙に信じて住まわせようとしている自分が愚かな気がしてくるが、ここまで来たらあとには引けない。乗りかかった舟だ。多希は続けた。
「この国では異世界はないんです。空想の物語なの。だから、そのワードは使わずに、外国から来た、と言ってください。もし、どこの国? とか聞かれたら、えーっと、うーん、そうだなぁ……」
二人を眺める。
欧米の国ならどこでもいいが、日本人の誰もが相応に知っている国では矛盾点などいろいろ指摘されそうだ。文化習慣がそんなに詳しく知られていない国がいいだろう。
「スウェーデンとかフィンランドって言えばいいかな」
「スエ?」
「スウェーデン。言い難かったら、フィンランドでもいいし。ノルウェーでもいいかな」
「いや、言える。スウェーデン。ではそうしよう」
「じゃあ、留守の間、スウェーデンのことを勉強してもらったほうがいいわね。ちょっと待っていてください」
急いで立ち上がり、自分の部屋に向かう。そしてスウェーデンのことが書かれた書物を取り出してダイニングキッチンに戻った。
パソコンで検索させてもいいが、パソコン自体の使い方から教えるには時間がない。紙の本や地図なら捲ればいいだけなので、問題が起こることはないだろう。
だが、その一方で不安もある。
(会話はまったく問題ないけど、日本語、読めるのかな?)
どういうからくりで二人が日本語を操っているのかさっぱりわからないが、文字まで自在なのか疑問だった。
「えーっと、ここにスウェーデンのことが書かれているんですが、読めますか?」
「大丈夫だ。秘術によって作られた魔法陣を通れば、あらゆる世界の言語と文字が理解できる」
またよくわからないことを言っている。
「……便利なんですね」
「まあな。だからこそ、秘術なんだ」
「では私が留守の間、これらを読んでスウェーデンのことを勉強しておいてください。それから、今夜、最低限の説明をするから、それまでの間はなにがあってもこの家から出ないこと。いいですね?」
「わかった。留守番をしている」
多希はそれを聞いて頷き、二人を残して再び自分の部屋に戻った。そしてパソコンを立ち上げ、通販サイトにアクセスする。
(あの格好をなんとかしないと。アイシス君のほうは、まぁ、子どもだからかわいくていいけど。とりあえずサイズを選ばない服を数着、ネットで買っておくしかないな。この時間なら、お急ぎ便で注文すれば今日中に届くし)
宝石を所持しているのなら、いずれ換金した時に通販代を返してもらえばいい。そう思って、似合いそうな普段着やパジャマ、下着などを二人分、それぞれ数着ポチっと購入したのだった。