「しかし妻がまだ来ていないんだ」
「奥様はすでに関係者席にいるのでは?」 
「しかし、ここで落ち合うと約束したんだ。彼女は約束を違えるような女性ではない。なにかあったのかもしれない」

 焦りをにじませる俺に、紗英子君の声は心なしか冷ややかになる。

「落ち着いてください先生、らしくもない。もし、なにかあれば大学の方に連絡が来るはずですわ。きっと奥様側の都合で遅くなっているのでしょう?」
「そうだが……」
「そもそも来る予定の時間が遅すぎますわ。今日は先生の記念すべき日。きちんと余裕を持って到着して、先生の準備をフォローをするくらいが当たり前なのでは?」

 こほん、と賢しらに咳をして、紗英子君はきつい口調で続けた。