彼女と過ごしている時は、姉への罪悪感を忘れられた。
 呼吸ができた。生きている心地がした。口にするものが美味かった。毎日が充実していた。心配にも駆られた。怒りをも覚えた。嫉妬にまみれた。激しい恋慕に胸を揺り動かされた――世界が色づいていた。

 まるで生まれ変わったような今、以前の日々に戻って俺はちゃんと息ができるのだろうか。生きていけるのだろうか。

 彼女を失うことは、姉を失った以上の苦しみを与えるのではないのか――。

「先生。先生」

 呼ばれてはっと意識を戻した。
 係員が俺のそばに来ていた。

「それではお時間ですので、先生は会場の方へ」
「少し、待ってもらえないか」
「は?」
「妻がまだ来ていないんだ」
「はぁ、ではあと一分ほど……」

 時間はいつの間にか五分前を差している。
 もう一刻の猶予もない。